 |
大原と云えば「柴漬け」ですが、畠には柴漬けに必要な紫蘇が植えられています。稲にも稲穂が風に揺れていました。大原は山里ですので気温が低いのか紫陽花がまだ咲いていました。
|
 |
百万遍知恩寺の本堂の左右には、「夾竹桃」の大木が見事な花を咲かせています。
|
 |
今日お墓参りに行ってきました。円山公園にある大谷祖廟(東本願寺)です。お盆は「万灯会」という行事が毎年行われています。
|
 |
浄瑠璃寺の本堂前から桔梗と三重塔を撮したものと、三重塔から本堂を撮したものです。
|
 |
サツマイモ畑は一面青々と芋蔓が地面を這っていました。ゴーヤ(苦瓜)やトウモロコシも実を付けています。
|
 |
近くの田圃の一角に蓮が植えられています。ここの蓮はお盆に花が咲くようにされているようで、花が咲き始める7月上旬に剪定されて何もなかったのですが、8月になって咲き始めて来ました。
|
 |
夕方から夜に花が咲く「オシロイバナ」と朝に咲く「アサガオ」です。早朝は、オシロイバナもまだ咲いていて同時に花を見ることが出来ます。
|
 |
当尾の里の石仏です。左は「ながおのあみだ」と云われている阿弥陀如来座像です。徳治2年(1307年)という銘があります。その他の石仏は浄瑠璃寺の庭園にあったものです。
|
 |
当尾の里の石仏です。左から「藪の中の三尊」右から十一面観音菩薩立像、地蔵菩薩立像、阿弥陀如来座像で、弘長2年(1262年)という銘がある。中が「あたご灯籠」、右が「穴ヤクシ」という薬師石仏です。
|
 |
百万遍知恩寺に咲いていた百日紅です。青空にピンクの花が鮮やかでした。
|
 |
加茂町にある浄瑠璃寺に咲いていた秋の七草のナデシコ、石鉢の中で小さな花を咲かせていた睡蓮です。
|
 |
百万遍知恩寺の本堂、本堂の脇にある夾竹桃が咲き始めていました。天下分け目の関ヶ原の戦いの前哨戦、伏見城を石田三成に攻撃され戦死した鳥居元忠の墓です。
|
 |
島原にある置屋の「輪違屋」です。揚屋はいわゆる料亭でしたが、置屋は太夫、芸妓をかかえていて揚屋に派遣したそうです。この建物は安政4年(1857)に再建されたそうです。
|
 |
秋の七草に数えられるキキョウですが、7月頃から咲き始める夏の花ですね。
|
 |
ヤツデとヤツデにいた雨蛙です。
|
 |
西京区にある地蔵院です。竹の寺といわれて、境内の半分は孟宗竹と真竹におおわれていて、竹の爽やかさが際だっています。
|
 |
東本願寺にある「毛綱」です。巨大な木材の搬出・運搬に引き綱が切れて事故が多発したので、女性の髪の毛と麻でより強い綱を作りました。全国から53本の毛綱が寄進され、最高で長さ110m、太さ40㎝、重さ1トンあったそうです。何人の女性の髪の毛を使ったのでしょうか。これは、長さ69m、太さ30㎝、重さ375㎏です。
|
 |
「花が女か 男が蝶か・・・・」 花と蝶三題です。
|
 |
加茂町のこの辺りでは、バスも自由乗降になっていて、手を上げれば止まってくれるし、降ろしてもくれる。ノンビリしたもの。京都市内の観光地域だけでもこのようにすれば・・・・
|
 |
島原にある太夫で有名な「角屋」です。島原はわが国で最初の花街だそうです。島原には、置屋と揚屋があって置屋から太夫、芸姑を呼んで揚屋で宴会をする。角屋は揚屋で今でいう料亭です。幕末には西郷隆盛や新撰組も角屋に来たそうです。
|
| |