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霧の朝です。霧が霜に変わり霜が段々白くなる。冬がやってきたようです。
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西本願寺の御影堂の前に聳えているイチョウの木です。
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稲刈りのあと、また新しい芽が出てきています。収穫されなかった茄子は随分大きくなっています。唐辛子も赤くなって辛そうです。初冬の風景です。
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12月になると、このようなイルミネーションを飾る家が多くなりました。これだけ飾ると設備投資も電気代もかかるのではないでしょうか。
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西京区にある山寺、天台宗「金蔵寺(こんぞうじ)」です。養老2年(718)に小塩山の中腹に開創されました。今昔物語にも登場する古刹です。このようにモミジの美しい古寺ですが、人に知られていないのか訪れる人は京都の寺院としては少ないようです。山登りをしなければなりませんが、車でも行くことは出来ますが、途中対向車が来ると離合出来ない箇所が数カ所あります。
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海岸で岩に砕け散る波を撮してみました。同じことの繰り返しのようですが、毎回波の表情が違います。
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文治2年(1186)に天台宗の顕真法印が浄土宗の法然上人を招いて、浄土教について百日に及ぶ議論を行なった大原問答で有名な勝林院です。三千院から勝林院へ行く道すがらを撮してみました。
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大原・三千院です。宸殿から往生極楽院を見たお馴染みの写真です。杉苔に散ったモミジが見事な錦を描いていました。童地蔵もモミジと共に佇んでいました。それにしても人が多すぎる大原一帯です。
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丹後半島の「屏風岩」です。風があり波が屏風岩に打ち付けていました。なんだか東映映画のタイトルの映像を見ているような感じがします。
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奈良市菩提山町のある「正暦寺(しょうりゃくじ)」です。正暦2年(991年)に創建され大寺院であったが、明治の廃仏毀釈で荒廃して、本堂、鐘楼、福寿院を残すだけになっています。境内には楓が多く「錦の里」と呼ばれているほど紅葉が見事です。
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石川県の山中温泉にある「こおろぎ橋」は元禄時代からある橋だそうで、付近は岩石が多く危ない道だったので「行路危(こうろぎ)」、秋には鳴く蟋蟀(コオロギ)にちなんで名付けられたとも言われています。1978年秋から79年春にかけてTBSで樋口可南子主演の連続テレビ小説「こおろぎ橋」の舞台にもなったそうです。
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丹後半島の大江山には酒呑童子の伝説がありますが、ユーモラスな鬼が迎えてくれます。鬼が川を飛び越えたときに出来たという鬼の足跡です。その鬼を退治したという源頼光が腰を掛けたという腰掛岩です。
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槙尾の西明寺です。神護寺より紅葉は進んでいました。鐘楼の周囲はこのように赤、黄、黄緑が交わって一番綺麗な頃となっています。
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高雄神護寺です。紅葉はだいぶ進んでいますが、見頃はあと10日後ぐらいでしょうか。一部の樹はこのように見事に紅葉していました。高雄周辺はほとんどが青々としたモミジでした。
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北陸の山中温泉には、鶴仙渓という「こおろぎ橋」より「黒谷橋」に至る1.3kmの遊歩道があり四季折々の景観を楽しむことができます。途中に「あやとりはし」といって草月流家元・勅使河原宏氏がデザインしたユニークなS字型の橋があります。
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和歌山県の白浜です。左から白良浜、円月島、京大臨海実験所近くの海岸です。白良浜はその名の通りに白い砂浜なのですが、臨海実験所は岩場で砂利が混じった浜になっています。岩場にはヤドカリ、ウニが沢山生息していました。
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丹後半島の経ヶ岬灯台です。明治31年12月25日に建設されて以来、日本海を行き交う船舶の安全を守ってきました。明治のロマンを残す白亜の灯台は京都百景にも選ばれています。昭和61年には、木下恵介監督の映画「新・喜びも悲しみも幾年月」のロケ地にもなっています。
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浄瑠璃寺の参道にある馬酔木は花芽を付けています。ヤツデが花を咲かせていました。
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秋らしい風景を撮してみました。まもなく11月晩秋という時期なのに秋らしいというのも・・・・ 季節が1ヵ月ほど遅れているような感じです。
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加茂町にある浄瑠璃寺です。やっと紅葉が始まったようです。ほとんどの樹は青々としていますが、2~3の樹は少し色づき始めたようです。
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中尊寺の参道の近くに武蔵坊弁慶の墓と言われているものがあります。衣川戦いで立ち往生したと伝えられていますが、左の写真はその衣川の館あった風景です。手前に立派な墓があるのですが、近世に建てられたもので、その奥にあるこの写真のものが弁慶の墓だと思います。
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10月22日は、葵祭、祇園祭と共に京都三大祭りのひとつの時代祭がありました。1895年(明治28年)、平安遷都1100年を記念して平安神宮が創建され、平安神宮の大祭、建造物、神苑の保存のため、市民により平安講社が組織され、記念事業として時代祭が始まりました。祭が行われる10月22日は、桓武天皇が794年(延暦13)に長岡京から平安京に都を移された日です。行列は、明治維新から延暦時代へさかのぼって、18列、2000人に達し行列の長さは2キロに及びます。
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奈良県桜井市にある「相撲神社」です。第11代垂仁天皇7年(紀元前23年)7月7日に野見宿祢(のみのすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや)が「カタヤケシ」と呼ばれるこの地で天覧相撲をとり、野見宿祢が当麻蹴速の腰を踏みくじいて勝ったそうです。このことが相撲の始まりと言われています。昭和37年10月に時津風理事長をはじめ大鵬、柏戸の横綱と幕内力士全員がここで土俵入りを行ったそうです。ご覧のように、鳥居以外には何もありません。
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奈良県桜井市にある安倍文殊院(あべもんじゅいん)です。コスモスの名所でもありますが、ユニークなのはコスモスで迷路が作られていることです。各種のコスモスが植えられていて、花壇にするより簡単な迷路を作って見せるといった遊び心があってよいと思います。
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奥入瀬渓谷です。木々に囲まれ所々で滝がありマイナス・イオンを、大量に放出しているのか清々しい気分になります。
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「葛城古道」の一言主神社周辺に咲いている彼岸花です。この辺は、周囲にある田園の畦道に咲いていて稲穂にうまく溶け込んでいます。
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今日は快晴の良い天気となっています。稲の刈り取りが最盛期を迎えています。近頃はこのような鋳掛けを見ることが少なくなりました。
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中尊寺の金堂です。金堂は覆堂に保護されていますが、右は新覆堂建設の際に現在地に移築された、旧覆堂です。金色堂建立から164年後の正応元年(1288年)に、鎌倉幕府が風雪から護る為に建造したということだそうです。
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九品寺から一言主神社へ行く「葛城古道」は大和三山が遠くに眺められたり、第二代天皇の綏靖天皇高丘宮趾があったりと歴史を感じさせ石仏も迎えてくれる散策道です。
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奈良県御所市にある「葛城古道」の九品寺周辺に咲いていた彼岸花です。一面を真っ赤にして咲いていました。これほど群生して咲いている彼岸花は初めてでした。昔ならどこにでもあった風景だったでしょう。
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