ス ナ ッ プ 写 真   
 
 
 

 
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京都府八幡市八幡高坊に八角堂があります。鎌倉時代の建保年間(1213~19)に建立され、慶長12年(1607)に豊臣秀頼が再建したそうです。正八角形でなく四角の四隅を切った「隅切八角形」という珍しい建物です。明治維新の神仏分離で現在の西車塚古墳の上に移されたとか。
近くに洞ヶ峠がありますが、そこにある洞ヶ峠茶屋に田舎ぼた餅が販売されています。特大サイズのぼた餅で餡が効いていて甘党にはよいかも。
 (2007.11.16)
流れ橋ですが、川の流れが両端になって真ん中はこのような砂地になっています。そこを車で遊ぶ人が多いらしく無数の車の跡がありました。土手にはススキが白い穂をなびかせています。今年は、セイタカアワダチソウが見られません。
 (2007.11.12)
脱穀も終わり農閑期になった田圃ですが、6月の田植え後のような風景になっています。刈り取り後、また芽が出てきて青々としています。
 (2007.11.10)
野菜作りの空きスペースに昨年もらった鉢植えの菊を植えてみました。鉢植えより地植の方が元気に大きく育つようです。このように沢山の花が付いています。正月用の葉ボタンも大きくなってきました。近くのコスモスはまだ鑑賞に堪えられますが、雑草と同じ大きさになっています。
 (2007.11.06)
野菜作りをしていますが、無農薬で栽培していますので、害虫駆除が大変です。唐辛子入り焼酎や竹酢液等を混合して散布していますが、なかなか駆除できないものです。虫にやられていますが白菜が形になってきました。大根も大きくなってきています。唐辛子は何もしなくても虫もつかずに沢山の唐辛子が取れます。どの野菜も唐辛子のように虫がつかなければ楽なものなのですが・・・・ 人間がうまいと思うものは、当然ながら害虫もうまいのでしょう。困ったものです。
 (2007.11.04)
     
石川県加賀市山中温泉にある「栢野大杉(かやのおおすぎ)」です。樹高54.8m、幹囲11.5m、樹齢2300年と推定されている大杉で、天然記念物に指定され昭和22年10月に昭和天皇もご覧になったそうです。歩道が作られていて根元を踏まないように保護されています。
 (2007.11.02)
志賀直哉旧居その2です。窓にも工夫がなされていて、普通は一番外側は板戸ですが、ここはガラス戸、板戸、障子の三層構造になっています。寒さ対策に工夫がされています。この水槽は、志賀直哉が子供たちのために作ったプールです。
 (2007.10.31)
   
奈良市高畑大道町にある志賀直哉旧居です。この書斎で唯一の長編「暗夜行路」の後編を執筆して完成させた他に、晩秋、山科の記憶、雪の遠足などを執筆したそうです。このサロンには、多くの文人・画家が訪れたそうで、武者小路実篤、小林秀雄、尾崎一雄、梅原龍三郎等がよく訪れたそうです。現在は奈良文化女子短大学のセミナーハウスとなっています。
 (2007.10.27)
浄瑠璃寺から岩船寺に行く山道には、石仏が点在しています。その中でも笑い仏が特に有名です。3体並んでいますが3体ともこのように微笑んでいます。心が和む石仏です。
 (2007.10.24)
木津川市加茂にある浄瑠璃寺です。参道の両側にはコスモスが咲いていて我々を迎えてくれます。三重塔は藤原時代の国宝です。本堂(九体阿弥陀堂)も藤原時代の国宝です。静かで心休まる浄瑠璃寺です。
 (2007.10.22)
休耕田に植えられたコスモスが見頃を迎えています。一面のコスモスが、静かに吹く秋風に揺れていました。
 (2007.10.18)
脱穀した後の籾殻をこのような方法で燃やしていました。今日も真っ赤な夕焼けが見られました。東の空には夕月が輝いていました。秋の夕暮れです。
 (2007.10.16)
東大寺の大仏殿です。この大仏は「毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)」と言います。一つの柱にこのような穴(大仏の鼻の穴と同じだそうです。)が空いていて、ここを潜ると幸せになれると言われています。今、このような牡鹿の角が危険防止のために切り取る行事が行われています。
 (2007.10.14)
近頃の稲刈りは、コンバインで穂の部分を刈り取り稲は裁断して田圃に撒いてしまいますが、稲架が見られる田圃もあります。いろんな形があるものです。
 (2007.10.11)
秋らしさが一段と増しています。左からススキ、パット見ユキヤナギに見えましたが、菊の一種のようです。木津川の堤上に見える夕焼けが秋らしさを演出していました。
 (2007.10.08)
収穫の秋を迎えて稲刈りが始まりました。コンバインで次々と刈られて行きます。城陽特産の寺田イモも収穫されています。
 (2007.10.06)
畑を作っていますが、野菜の他に花も少し植えています。その花が咲いてきました。野菜も良いですが、花も自分で育てると一段と綺麗に見えるものです。
 (2007.10.03)
実りの秋となり田圃には稲穂が風に揺れていますが、この頃になると昔なら一本足の案山子があったものですが、今はこのようなものが、案山子の代わりを務めているようです。リアルすぎてユーモアがありません。
 (2007.10.01)
         
松花堂庭園の生け垣の続きです。左から「寒竹あやめ垣(かんちくあやめがき)」、「萩小松明垣(はぎこたいまつがき)」、「矢止め垣(やどめがき)」です。
 (2007.09.29)
   
京都府八幡市にある「松花堂庭園」には、数多くの竹が植えられていて、その竹を使った垣根、戸が作られています。昔の人は、竹の柔軟性を利用し創意工夫し、茶の湯の心が随所に見られるものです。左から「萩光悦垣(はぎこうえつがき)」、「葦入枝折戸(あしいりしおりど)」、「竹枝穂垣(たけえだほがき)」です。
 (2007.09.27)
今夜は、中秋の名月です。早速デジカメで撮してみました。絞りは同じでシャッタースピードを変えることにより、写りがだいぶ違うようです。絞り8、1/125がベストのようです。「名月を 取ってくれろと 泣く子かな(小林一茶)」
 (2007.09.25)
近くの田圃には、何故かハナショウブが数本咲いていました。夏にピンク色のきれいな花を咲かせたハスは、見る影もないような状態ですが、種子が立派に出来ていました。コスモスが今が盛りと咲いていました。
 (2007.09.24)
近くの小学校で運動会がありました。児童が少なくなっていて全校児童を赤組と青組に分けて対抗戦でした。普通は赤・白なのに、この頃は赤と青なのですね。それと我が子の時は全員裸足だったですが、みんな靴を履いていました。方針が変わったようです。
 (2007.09.22)
   
9月も20日というのにまだこの暑さ、空の雲も入道雲という感じではないようですが、秋の雲ではないようです。10月に入らないと秋らしくならないのでしょうか。
 (2007.09.20)
今日も30度を超える真夏日でした。まだまだ残暑が続く今日この頃ですが、朝夕は凌ぎやすくなってきました。休耕田にコスモスが植えられていて花が咲き始めました。
 (2007.09.18)
花街の昼下がりで、料亭「一力」の建物が見える花見小路、夕方から舞妓さん芸妓さんが渡る巽橋、祇園と対峙する花街の先斗町です。 ♪ 富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も 雪に変わりはないじゃなし 溶けて流れりゃみな同じ・・・・ ♪ 
  (2007.09.16)
JR京都駅が新しく建て直されて10年になったので、記念のイベントがありました。京都市交響楽団のメンバーによる金管楽器五重奏、大階段ではロックコンサート等がありました。
  (2007.09.13)
高台から京都市内を眺めると五重塔や京都タワー、そして沢山のビルが見えます。年々ビルの数が増えていくようです。古都京都は、大阪や東京のようなに鉄とコンクリートの街にはなりたくないものです。
  (2007.09.10)
京都・嵐山の小倉山の南面に「大河内山荘」があります。時代劇の名優大河内傳次郎(1898~1962)が映画の出演料の大半をそそぎこみ30年もの年月をかけて、こつこつと創りあげたすばらしい借景庭園です。左の写真が「持仏堂」で昭和6年にこの堂を建て、撮影の合間にここで念仏、瞑想し静寂を得たということです。それ以後順次整備して6000坪の回遊式庭園で、国の登録文化財となっています。
  (2007.09.08)
城陽市散策コース(歴史の道⑨最終回  2007.9.4の続き)近鉄久津川駅の近くに「平川廃寺跡」があります。案内板によると出土した瓦から創建は奈良時代中頃(8世紀中頃)で、奈良時代末から平安時代初めの頃に修理が行われましたが、そのまもなくに火災により焼失し再建されることなく消滅したようです。 久津川駅に戻って歴史の道のゴールです。 
  (2007.09.06)
  
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