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木津川市当尾の里の石仏巡りその6。石仏巡りのメインである「わらいぼとけ」と呼ばれている石仏です。確かに笑っておられますよね。永仁7年(1299年)という銘文があります。左から「勢至菩薩坐像」「阿弥陀如来坐像」「観世音菩薩坐像」です。その隣に半分土に埋まった地蔵石仏があり「眠り仏」と呼ばれている石仏もありました。
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木津川市当尾の里の石仏巡りその5。山道にもこのような無人の売店があり農産物を売っています。八帖岩と名付けられた岩が道を塞ぐように迫り出しています。地震等があれば滑落しそうな岩でした。見上げると紅葉が青空に映えていました。
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木津川市当尾の里の石仏巡りその4。「首切り地蔵」から戻って岩船寺に向かって歩くと、道は自然と山道になってきます。その辻に「からすの壺二尊」という石仏があります。阿弥陀如来座像と地蔵菩薩立像で共に康永2年(1343年)という銘文があります。
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木津川市当尾の里の石仏巡りその3。「やぶの中の三尊」から山の中に少し入ったところに、「首切り地蔵」があります。案内板によると、「やぶの中の三尊」と同じ弘長二年(1262年)と当尾の在銘石仏では最古のものだそうです。首切り地蔵と呼ばれるのは、首のくびれが深くきれて見えるため、処刑場にあったからとも言われているそうです。
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新しいカメラを購入しました。「LUMIX DMC-GF1」と今回もパナソニックの製品です。コンパクトな一眼レフが欲しかったのですが、やっと思うようなカメラが発売されたので購入したものです。正確には一眼レフではなく「レフレックス=反射鏡」がないマイクロフォーサーズシステムです。交換レンズは、35mm換算で28~90mmと90~400mmのズーム2本です。当分の間はこれで遊べますね。
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木津川市の浄瑠璃寺・岩船寺一帯を「当尾の里」と呼ばれていて、浄瑠璃寺から岩船寺への約1.5kmの道には石仏が点在しています。その道を歩いてみました。スタートしてまもなく「やぶの中の三尊」がありました。正面が地蔵菩薩、その左が阿弥陀如来、右が十一面観音菩薩です。弘長二年(1262年)という銘文があり、銘文のある当尾の石仏では最古の石仏だそうです。
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時代劇にはなくてはならない橋である「流れ橋」こと上津屋橋が、先日の台風で木津川が増水して名のとおり橋桁が流されてこのような無惨な姿になっています。橋桁は、ご覧のように川の中の浅瀬に乗り上げています。台風シーズンが完全に終わらないと修復工事はスタートしないので、もう暫くはこのような状態が続くのか?
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木津川市加茂町にある「浄瑠璃寺」です。まだ青葉のところが多いですが、色づき始めています。京都市内の寺院ならば、このような庭園を拝観するだけでも、拝観料が必要ですがここは無料です。
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道端の菊を撮りつつ歩いていくと、菊を栽培しておられるお宅がありました。玄関先から生け垣から菊が所狭しと並べてありました。菊は土作りからと言われていて、よい培養土を作らないと、このような花を咲かせることは出来ないそうです。
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11月の花と言えば菊ですよね。道端や畑の隅に咲いていた菊を撮してみました。
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近くの花菖蒲畑に、この季節にどうゆうわけか花菖蒲が4本ほど咲いていました。人生いろいろ、花もいろいろ・・・・
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京都市左京区北白川東小倉町の住宅街に、京都大学人文科学研究所分館がありました。大学の施設とは思えないほどの洋館の建物ですね。昔は、このようなものを建築するセンスと予算があったようです。
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鳥取砂丘です。久し振りに2度目の砂丘です。多くの人が海の見える向こう側の砂丘まで歩いていました。その途中にこのように草が生えているところがあります。以前に来たときよりその範囲が広がっているようです。世界では砂漠化が進んでいるとの報道がありますが、ここは緑地化が進んでいるようです。皮肉なものですね。砂丘を守るためにこの草や苔等を除去しないのでしょうか。除去しない理由があるのでしょうか。
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水木しげるロード沿いの酒蔵の看板も、道路の街灯も目玉の絵が描かれています。妖怪神社までありました。ここにも目玉がありクルクルと回っていました。ここまで徹底すれば、それはそれで一つの文化になりますね。
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水木しげるロードの両側の歩道には、このようなモニュメントが点々と設置されています。この辺一帯の商店街は鬼太郎一色になっていました。そんなゲゲゲの鬼太郎ですが、この漫画は読んだというか、見たということが全くありませんので、ユーモラスな妖怪という設定なのだろうということしかわかりません。
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鳥取県境港市に、「水木しげるロード」があります。ゲゲゲの鬼太郎の作者水木しげるの誕生の地に水木しげる記念館があり、JR境港駅から記念館までの1000mが水木しげるロードと呼ばれています。駅前には、このようなモニュメントが出迎えてくれます。警察の交番所も、郵便ポストもゲゲゲの鬼太郎です。
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「恭仁宮」があったところに木津川市立「恭仁(くに)小学校」がありました。校舎の写真を見て気付かれたことありませんか??? そうです!!この小学校は、全校舎木造建築なのです。木造校舎がある学校はあるでしょうが、全部が木造である学校は珍しいのではないでしょうか。講堂・体育館もこのような木造建築です。維持管理が大変でしょうが、いつまでも木造校舎であり続けてコンクリートに立て替えることがないように願いたいものです。母校である京都市立北白川小学校も、当時は木造校舎が残っていました。階段を歩くときギシギシという音は今でも耳に残っています。
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「恭仁宮」周辺では蕎麦の栽培も行われていて、白い花が咲いていました。北アメリカ原産の帰化植物であるセイタカアワダチソウも咲き始めていました。その隣で日本古来のススキが風に揺れていました。このススキは、セイタカアワダチソウに押されて減少していましたが、最近は盛り返して逆転しているようです。
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「恭仁宮」は、奈良時代の聖武天皇によって作られた都で、天平12年(740年)にこの地に出来ましたが、天平16年にわずか4年で廃都となりました。その後、山城国分寺として再利用され大極殿はそのまま金堂として使用され、南北330m、東西275mの寺でした。写真は、左から1枚目と2枚目は礎石から七重塔であったと推測されます。3枚目は、大極殿(金堂)の跡です。
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木津川市加茂町にある「恭仁宮跡(くにきゅうせき)(山城国分寺跡)」には、このようなコスモスが秋風に揺れていました。先日の台風18号で揺れすぎたのか、みんな疲れて横になっていました。
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八重垣神社には、縁結び占いの池という「鏡の池」があります。このように占い用紙に百円か十円硬貨を乗せて祈ります。用紙が15分以内に沈むと良縁が早い、30分以上になると縁が遅いといわれていますが、30分も浮いていることは有り得ませんね。そして、近くで沈むと身近な人と、遠くで沈むと遠方の人と結ばれるそうです。そしてそして、良縁を得られた人は二人の晴れ姿を、この鏡の池に写しなさいということです。
『出雲八重垣 鏡の池に 写す二人の晴れ姿』
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島根県松江市佐草町に鎮座する「八重垣神社」です。素盞嗚尊(すさのおのみこと)・稲田姫命(いなだひめのみこと)が主祭神です。稲田姫の神話により縁結びの神社として信仰を集めています。
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真如堂の三重塔の傍に、このような小さなお堂があります。この中に「鎌倉地蔵」という石仏が鎮座されています。この鎌倉地蔵は、家内安全・福寿・延命などのご利益がある他に、無実の罪を晴らしたり、心の病が治るなどのご利益が、信仰の深さに応じてあるそうです。信仰の深さに応じてあるというところがミソですね。
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真如堂の東山を借景にした枯山水庭園「涅槃の庭」です。写真が小さいので、分かりにくいかもしれませんが、左が頭部になります。そして、眺められた如意ヶ嶽(大文字山)です。ここの生け垣は、以前は一段低く出来ていたそうですが、現在はこのように高くなっています。住宅などが建って借景庭園でなくなってきたからだそうです。それでも最近テレビのアンテナが見えて借景庭園の維持の難しさが窺えます。
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玉造温泉で宿泊したのですが、宿から数分のところにある会館で、安来節の民謡ショーがワンコイン(500円)であるというので出かけてみました。テレビ等でよく見かけるドジョウすくいですが、生で見ると一段と面白いものです。
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出雲日御碕は、遊歩道があり散策を楽しむことができます。ここは、2~3千万年に噴出した「流紋(りゅうもん)岩」の溶岩からできています。断面が5角形又は6角形の柱状節理になっています。右の写真は、「経島(ふみしま)」でウミネコの繁殖地です。11月下旬に飛来して産卵、子育てをして7月に北に向かって旅立ちます。
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出雲日御碕灯台です。明治36年4月1日に初点灯されました。光度=48万カンデラ、光達距離=21海里、高さ=海面上から63mだそうです。有料ですが、灯台に登ることができます。
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真如堂には萩の他に彼岸花も咲いています。一面に咲いているのではなく、ところどころにひっそりと咲いて初秋の到来を告げているようでした。 『ごんしゃん ごんしゃん どこへゆく 赤いお墓の ひがんばな きょうも手折りに 来たわいな』 北原白秋作詞 山田耕筰作曲の「曼珠沙華(ひがんばな)」をフト思い出させた真如堂の彼岸花でした。
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京都市左京区にある天台宗「真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)」通称「真如堂」です。ここは春は桜、秋はモミジが美しい知る人は知る隠れた名所だったのですが、今は残念ながら多くの観光客で・・・・・ 特に秋のモミジは、人で溢れています。萩も咲いていますが、人は少なかったようです。
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島根県出雲市大社町日御碕に「日御碕神社(ひのみさき神社)」があります。現在の建物は、徳川家光の命により幕府直轄の工事として寛永21年(1644年)に完成しました。写真は左から「楼門」、「日沈宮(祭神:天照大御神)」伊勢神宮は昼を守る神、日沈宮は、夜を守る神といわれています。「神の宮(祭神:神素盞嗚尊)」です。
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