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「かやぶきの里」その2。観光用に作られた茅葺きの家でなく、このように洗濯物が干されていて生活感があるかやぶきの里です。このような防火用の放水銃があちこちに設置されていました。火災には細心の注意が払われています。
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京都府南丹市美山町に「かやぶきの里」があります。この集落には50戸の民家がありますが、そのうちの38戸が茅葺きの建物で、江戸時代の中期から末期に建てられたもだそうです。郵便ポストも筒形のポストで、今では見ることがない懐かしいものです。
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賀茂川と高野川と合流して鴨川になりますが、合流する直前の高野川から五山送り火の「妙法」の「法」と鴨川から見た如意岳の「大」です。35mm換算で400mmの望遠レンズで撮しました。
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下鴨神社その2。紅葉を楽しみ方も人それぞれで、私のように写真を撮る人、このようにキャンバスに筆を走らせている人それぞれが糺の森の風景に溶け込んでいます。小川にかかる橋を自転車で渡る人も絵になりますね。
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世界遺産に登録されている「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」です。このような正式名称で呼ぶ人はいなくて通称の「下鴨神社」で呼ばれています。京都で一番遅くに紅葉が見られるところでもあり、糺(ただす)の森に囲まれた自然豊かなところでもあります。その森に「瀬見の小川」があります。昔はあちこちにあった小川ですが、今はありませんね。ここにはその小川が流れています。
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興聖寺の近くに「恵心院」があります。小さな寺院ですが花の寺と呼ばれる程、沢山の草木が植えられています。これからは水仙が咲く頃となるでしょう。写真は左から恵心院の入口、「イタヤモミジ」、「ハウチワカエデ」です。
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宇治にある興聖寺です。参道は「琴坂」と呼ばれています。参道に沿って小川が流れていますが、その流れのせせらぎが琴の音に似ていることからだそうですが、このように多くの人がワイワイ・ガヤガヤ聞こえる訳がない・・・・・ 琴坂の両側の紅葉が綺麗でその他は特に見るところはないようでした。
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近鉄久津川駅の近くにある「平井神社」にも行きました。ここは水度神社と違って参拝者は少なくやや寂しい初詣風景を展開していました。本殿前には門松があり、参道には初詣という幟があったりと正月らしい雰囲気はありました。
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城陽市寺田水度坂にある「水度神社(みとじんじゃ)」に行ってきました。市内では一番大きな神社(だろうと思います。)ですので、参拝者も多くこのようにズラリと50m程並んでいました。片隅に焚き火がありましたが、昔はよく焚き火をしたものですね。そこに芋を入れて焼き芋を食べてものです。今は焚き火をする場所がありません。
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明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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現在の宇治橋は、平成8年3月に架け替えられましたがその橋の袂に紫式部像があります。宇治十帖源氏物語最後の「夢浮橋」により建てられたもの。平等院に向かう参道の両側にはお茶屋が並びお茶の良い香りが一面に漂っていました。川の土手に出ると川の流れに沿って「あじろぎの道」という名が付けられた散策道があります。平等院の庭園も木々の間からチラリと見ることが出来ます。
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宇治の「塔の島」の風景です。塔の島から眺めた観流橋です。
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三室戸寺その2です。本堂の隣に三重塔がありますが、この辺りが最も写真になる綺麗なところではないでしょうか。京都紅葉の名所紹介の写真集に出てくるところです。
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宇治市菟道にある西国第10番札所の「三室戸寺」です。ここは、紫陽花の寺と呼ばれているほどの花の寺です。ツツジも見事な寺でもあります。このような山門を潜るとほどなく石段があり登ると本堂があります。
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城南宮その2。神苑は道路を挟んでもう一カ所あります。池を囲んで茶室もありお茶を飲むこともできます。錦鯉が優雅に泳いでいました。そういえば、人面鯉と騒いだことがありましたね。
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京都市伏見区にある「城南宮」です。平安時代末期に最も栄えましたが、応仁の乱などで荒廃しました。江戸時代に復興し幕府軍と官軍が衝突した鳥羽伏見の戦いの場所にもなりました。神苑があり平安の庭では毎年春秋に行われる「曲水の宴」が催されることで有名です。
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奈良市菩提山町に「正暦寺(しょうりゃくじ)」があります。ここもモミジがきれいなところとして有名です。福寿院の庭園を撮してみました。
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奈良市虚空蔵町にある高野山真言宗「弘仁寺」です。1200年前平安時代初期の創建だそうです。左は本堂に掲げられている算額です。大和の数学者石田算楽軒の門弟によって安政5年(1858年)に奉納されたものです。問題は、植物の種が詰まった立方体の1辺の長さを求めよというもので、解答は、6兆7662億2540万1695間5尺で、メートルでは130億kmだそうで現在の数学で解いても正解だそうです。
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奈良県天理市新泉町に「大和神社(おおやまとじんじゃ)」がありました。参道が長く参拝者は誰もいないという静かな神社でした。大和大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)を主神として祀られています。旧海軍の戦艦「大和」には守護神として大和神社の分霊が艦内に祀られていたそうです。
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奈良県天理市にある高野山真言宗「長岳寺(ちょうがくじ)」です。関西花の寺第19番札所でもあり、ツツジの長岳寺として有名です。平安時代で重要文化財の鐘楼門を潜ると、放生池があり本堂を映していました。紅葉もよいものですが、約1000株の平戸ツツジが咲く頃が一番華やかで絵になる寺院だと思いました。
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12月に入ると毎年のことながら、夜になるとこのような風景を彼方此方で見ることができます。近くのイルミネーションを撮してみました。
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京の師走の風物詩といえば、南座の「顔見世興行」もその一つです。11月30日~12月26日まで行われていますが、5500円~27000円と料金も高額です。出演者の名前が書かれた「まねき」を撮してみました。「勘亭流」の文字で見事に書かれています。
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安積親王の墓から600m行くと6m程の自然石に彫った「西和束弥勒磨崖仏」がありました。正安2年(1300年)という銘があります。場所はすぐにわかったのですが、ここに来る道がわからなくて地元の人に案内してもらいました。来る人が少ないのか、道がほとんどなくなっていました。こんな立派な石仏があるのに・・・・
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正法寺の近くに小高い丘があり周りは茶畑になっていますが、その中に茶畑には不相応な石畳の立派な道が作られています。石畳を辿っていくと宮内庁の案内板がありました。ここは、聖武天皇の皇子である安積親王のお墓でした。このようなところにも小さなプレハブの建物があり机とパイプ椅子がありました。宮内庁の職員が来るときがあるのでしょうか。
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京都府相楽郡和束町にある天平年間に創建された古刹の臨済宗「正法寺」に行きました。紅葉の名所ということでしたが、台風で樹木が倒れて伐採と焼却処分の煙が一面立ち込めていました。大きな銀杏の木の黄色が印象的でした。訪れる人が疎らなのが良かったですね。
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木津川市山城町に真言宗「蟹満寺」があります。今昔物語にでてくる「蟹の恩返し」で有名な寺院です。国宝の釈迦如来坐像を久し振りに見ようと訪れたのですが、平成19年8月31日~平成21年12月25日まで本堂新築工事中で拝観することができませんでした。まもなく完成です。
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木津川市当尾の里の石仏巡りその9。岩船寺から来た道を浄瑠璃寺に向かって戻ります。その途中まだ撮していなかった石仏等に立ち寄りながら戻りました。左から谷に降りたところにある「不動明王立像」、鍬で削り取ったあとのような「一鍬地蔵」ですが、地蔵らしきものは描かれていないような・・・・「あたご灯籠」というものがありました。灯籠というのですから、窪みにロウソクでも入れて灯りを得たのでしょうか。
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木津川市当尾の里の石仏巡りその8。前回に引き続き岩船寺です。修復された三重塔の朱色が鮮やかに映えていました。ここから背面の山を少し登ると「貝吹岩」があります。昔は、39の宿坊があったそうで僧を一同に集めるためにここからホラ貝を吹いたそうです。当尾地区で最も高いところにあるので、遠くに生駒の山々等が見られます。
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近くの嫁付川のソメイヨシノは、このように紅葉しています。川も少しずつきれいになってきたのか、このように水鳥も飛来していました。
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木津川市当尾の里の石仏巡りその7。石仏巡りのゴールの岩船寺です。門前に「石風呂」がありました。鎌倉時代のもので、僧が身を清めたということです。浄瑠璃寺と違ってこの門から先は拝観料が必要となります。ここも三重の塔が正面に見ることができます。岩船寺は、紫陽花が有名なところでもあります。
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