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鉢植えの紫陽花その2です。このように八重咲きの紫陽花など普通に見かける、あの紫陽花はありません。紫陽花はブルーでそぼ降る雨に濡れている時が一番絵になります。
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ご近所や道端で咲いていた花ばかりを撮していましたが、今回はわが家の鉢植えの紫陽花です。紫陽花ほど雨に似合う花はありませんね。このアジサイは、「うずあじさい」で「おたふくあじさい」「おかめあじさい」とも言われているものです。
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道端に咲いていた野草を撮してみました。名前は、「ツユクサ」その他は????
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近所の垣根に植えられたサツキが綺麗に咲いていました。ツツジより花は小さいですが、サツキはコンパクトでシャープな感じがします。
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城陽市特産の「寺田イモ」が植えられています。今年は寒い日が続くための保温効果と雑草の発生を抑えることのできる黒色のポリマルチが敷かれていました。この辺一帯は、秋になると芋掘りで賑わうところです。
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明後日から6月だというのに、寒い日が続いています。周辺の田圃の田植えも終わりに近づいています。苗代も残り少なくなっていますが、田植えも機械化されているので苗代もこのようにケースの中で育っています。
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須磨離宮公園に咲いていた「シモツケ」バラ科で、旧国名「下野(現在の栃木県)」から名付けられたとか。そして「ハナミズキ」、温室もあり「胡蝶蘭」も咲いていました。
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今の流れ橋は工事も進み通行止めにはなっていますが、ご覧のように7ヵ月ぶりに復元されました。足場になった土砂も取り除かれています。完成の時期が梅雨のシーズンなので、また大雨で増水してまた流れたなんてことがないように・・・・・
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須磨離宮公園に咲いていたツツジです。お目出度く紅白と紅白のミックスを撮してみました。
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神戸市須磨区に、「須磨離宮公園」があります。大正3年に武庫離宮として完成しましたが、昭和20年に戦災で消失し可能な限り竣工当時の状態に復元して、昭和42年に完成した公園です。公園に入ると噴水が迎えてくれます。ポセイドーン像がありますが、昭和45年にギリシャから寄贈されたものだそうです。
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花菖蒲その4。花菖蒲の隣に「雨降り地蔵」が水に漬かって眠っておられる祠があります。干ばつが続くと池から引き上げて祈祷すると雨を降らしてくれるそうです。平成6年に行われたときも雨が降ったそうです。地元の人に聞くとお地蔵様はここの祠にはおられなくて、祈祷するときはどこからか持ってくるとか。確かに長く水に漬かっていたらお地蔵様もね・・・・ 少し離れた木津川堤防に「淀姫さんの祠」がありました。この地域の水難を守ってくれるということで、大切にされているそうです。
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花菖蒲その3。露地の自然に植えられているものは、紫色と白色しかありませんが、群生で咲いていてこれもなかなかよいものです。
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花菖蒲その2。ビニールハウスの中で咲いていた花菖蒲を撮してみました。
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城陽市の市花である「花菖蒲」が見頃になっています。ハウス栽培の花菖蒲は出荷もピークを過ぎたようですが、露地栽培のは今が最盛期のようです。ムラサキの花菖蒲は落ち着きがあって高貴な感じがします。
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ご近所の庭先には、色とりどりの草木が植えられて初夏の風に花が揺れています。我が家には植えるスペースがないので、道すがら撮しては季節の移ろいを感じています。
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庭木として「花水木(ハナミズキ)」が、よく植えられている一つです。北アメリカ原産の外来種で、アメリカから渡来したときに日本の山法師に似ていることから、取りあえず「アメリカ山法師」と名付けられた経緯があるそうです。紅白の花水木は青空によく映えます。
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流れ橋から木津川を遡ると、土手にソメイヨシノを100本植えた桜並木があります。一月前には花見客で混雑していましたが、今は新緑の季節となり人はほとんど見かけません。バンガロー風の建物がありますが、これはトイレでした。
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「柱のきずは一昨年の五月五日の背くらべ・・・」 「甍の波と雲の波 重なる波の中空を橘薫る朝風に 高く泳ぐや 鯉のぼり」 端午の節句ということで兜を今年は飾ることにしました。明後日は子供の日ですが、「国民の祝日に関する法律」第二条には、「こどもの日 五月五日 こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」とあります。母に感謝するだけなの・・・・・
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昨年流れた時代劇によく登場する「ながれ橋(上津屋橋)」は、現在修復中です。このように川に土を大量に投入して足場を作り、クレーン車で流れた橋を元に戻す作業を行っています。これを見ると修復費用は、相当掛かることが伺われます。修復は2/3まで終わり残り1/3となっています。竣工は6月15日となっていました。
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高瀬川の桜その4。高瀬川も四条通を越えると少し周囲の風景も変わってきます。雪洞があったり、桜越しに簾の掛かった窓が眺められるなど和風の風景が見られます。
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高瀬川の桜その3。現在の高瀬川は飲食店等が並ぶ繁華街を流れていますので、カフェのテラスから食事をしながら花見をすることができます。桜の時期だけの高瀬舟を浮かべたり、舞台では学生がチンドン屋の衣装で定番の曲を演奏するといったイベントが行われていました。
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高瀬川の桜その2。高瀬川は、江戸時代から大正までの300年間利用利用された運河ですが、船底が平らな高瀬舟が物資を運びました。木材問屋が多かったのでこの辺りを「木屋町」と現在でも呼んでいます。森鴎外の小説「高瀬舟」では、罪人を運んだそうですが、今はこのように花びらを浮かべて川は流れています。
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京都御苑を出て、鴨川沿いに下ると河原町二条から「高瀬川」が流れ、川沿いにソメイヨシノが植えられて見事な桜並木が続いています。「一の船入」の高瀬舟の上にも桜が咲き誇っていました。
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京都御苑その6。御苑の中に宗像神社があります。そこに一本のしだれ桜がありますが、立て札に『一重八重の枝垂れ桜 嵯峨の広沢のあたりで見つかりました。まだ、世の中では数十本しかありません』と書かれてありました。確かに一重と八重が一緒に咲く枝垂れ桜は珍しいのでは・・・・
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京都御苑その5。一本の木に大勢の人が集まっている桜がありました。このように花が手鞠のように丸くなって咲いていました。
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京都御苑その4。京都御苑の北西に近衛家邸の跡のしだれ桜その2です。
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京都御苑その3。広大な京都御苑の北西に近衛家邸の跡がありますが、しだれ桜が多く植えられています。「糸桜」と呼ばれて、紅しだれ桜も点在して紅白のしだれ桜が美を競っています。近衛家は、五摂家の一つで公家では最高の家柄でした。明治2年の東京遷都で京都御苑や公家の邸宅は荒廃しましたが、明治16年公園として生まれ変わり市内中心部の貴重な緑地帯となっている京都御苑です。
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京都御苑その2。遠くから見ると葉の影響で、濃いピンクに見えるヤマザクラが彩りを添えていました。
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京都御苑の桜です。ところどころに立派な桜の木があります。
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鴨川の堤は淡いピンク色に染めて桜並木になっています。川沿いには、遊歩道があり絶好の散策道となっています。正面に五山送り火の「妙法」の「法」の字を見ることができます。
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