ス ナ ッ プ 写 真   
 
 
 

 
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近くの田圃の田植えも終わり、田圃には水がドンドン入れられています。田圃に水が入るとどこからか蛙が現れて一晩中鳴き声で喧しいくらいですが、今年はどういう訳か蛙の鳴き声が極端に少ないようです。
  (2011.06.29)
   
三宅八幡神社にこのような井戸がありますが、この井桁は明治23年9月に明治期を代表する名優で劇聖と呼ばれた9代目市川団十郎(それに比べ現在の団十郎は・・・・)が寄付したもので、裏面にはこのように名前が地元産の白川石に薬研彫で刻まれています。
  (2011.06.27)
妙満寺の帰りに三宅八幡神社へ行きました。この神社は子供の神さまとして信仰を集めています。神社は狛犬が迎えてくれるのが普通ですが、ここはこのように鳩が迎えてくれます。神社の前にはこのような茶店があり、鳩餅が有名です。鳩の形になった生八ツ橋と思っていただければ間違いありません。
  (2011.06.23)
妙満寺その4。釈迦がこの木の下で悟りを開いたという菩提樹がありました。この円筒の石は天正年間に豊臣秀吉の命により架けられた五条大橋の橋脚の一部だそうです。
  (2011.06.21)
妙満寺その3。フト見上げると比叡山の雄大な姿を見ることができます。フト足元を見るとどこかで見たことがある名前がありました。トヨタ自動車の・・・・ へェ~植樹してるんだぁ~~ この大きなものは、仏舎利大塔で昭和48年に建立されました。全国の檀家の納骨堂で、今のトヨタの基礎を作った豊田佐吉翁など豊田家のもここに納骨されているそうです。
  (2011.06.19)
妙満寺の躑躅その2です。これだけきれいなツツジが無料で見られるのは今のご時世では貴重です。
  (2011.06.17)
深泥池から車で左京区岩倉まで移動。妙満寺にやって来ました。ここはツツジがきれいな寺院です。誰もが自由に拝観できる門前が特にきれいになっています。ツツジを見るならここがお勧めスポットです。
  (2011.06.15)
大田神社を過ぎるとほどなく「深泥池」に着きます。深泥池は、水生植物群落として天然記念物に指定され、周囲約1540m池の中央に浮島があります。この池に流入する川はなくて、雨水だけでこの池は保たれています。白色の杜若が咲いていました。
  (2011.06.13)
大田の沢の杜若その2です。
  (2011.06.10)
ほどなく行くと「大田神社」があります。大田の沢と呼ばれる2000㎡の沼地がありカキツバタの群生地でもあります。この沢は昭和14年に国の天然記念物に指定されました。旱魃の時はその沢も枯れたため井戸水や水道水を投入して枯れるのを防いできたそうです。平安時代からあるこの大田の沢はこのように人々の努力によって守られてきました。
  (2011.06.08)
上賀茂神社境内を流れる小川は、「御手洗川」、「ならの小川」と言い、境内を出ると明神川と名を変えて流れています。その明神川畔に土塀を連ねた旧社家の家が建ち並んでいます。大変優雅な佇まいを見せています。
  (2011.06.06)
木立の中に紫式部が詠んだ「ほととぎす 声まつほどは 片岡の もりのしづくに 立ちやぬれまし」という歌碑がありました。紫式部は上賀茂神社にある片岡社に参って残したものだそうです。神社にはこのような御手洗川が流れていて、そのせせらぎを聞きながら本を読んでいる人がいました。
  (2011.06.03)
上賀茂神社と言えばこの建物ですよね。よく写真に出てきます。今は若葉になっていますが、桜の花が咲く頃は一段と見栄えがするところとなるでしょう。
  (2011.05.31)
京都市北区にある世界遺産に登録されている上賀茂神社(賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ))です。下鴨神社は、糺の森が広がりその中にありますが、上賀茂神社の前は広い芝生が広がっています。本殿前にはこのような立砂(たてすな)があります。祭神が降臨されたところが円錐形の神山に因んだものだそうです。
  (2011.05.29)
   
仏隆寺はここから先は拝観料が必要。本堂と十三重石塔(1330年)です。ここまではいろいろな花が咲いて華やかなものですが、本堂周辺になるとさすがに寺院らしい落ち着いた佇まいになります。
  (2011.05.27)
拝観料100円を払って仏隆寺に入ると紅白の花が迎えてくれました(動 画)。なかなかきれいなものです。このアップの花は、山梨で樹齢約450年で長十郎梨の原木だそうです。
  (2011.05.24)
   
この石段は仏隆寺に続く参道でもあります。秋にはこの両側に彼岸花が咲いて絶好の被写体になるところです。春はどのような桜のトンネルとなっています。(動 画
  (2011.05.22)
奈良県宇陀市榛原に真言宗室生寺派の「仏隆寺」があります。ここは秋の彼岸花が美しいところとして有名ですが、春のこの桜も見事です。根周7.7m、樹高16m、樹齢900年を超えて県の天然記念物になっています。根株から2mのところで大小11本に分岐しています。この桜は、ヤマザクラとエドヒガンの雑種であるモチヅキザクラだそうです。(動 画
  (2011.05.20)
十三重塔の遠望と、この石は、「むすびの岩座(いわくら)」と呼ばれて、古来から縁結びの神の宿る岩として信仰されてきたそうで、なでてから祈念するとよいそうです。
  (2011.05.18)
   
談山神社の見所といえば、室町時代(重要文化財)の十三重塔ですが、現存の塔は享禄5年 (1532年)の再建で、木造十三重塔としては世界唯一のものだそうです。
  (2011.05.16)
奈良県桜井市多武峰(とうのみね)にあります「談山神社(たんざん)」です。秋の紅葉も見事なところですが、春も少ないですが桜を見ることができます。
  (2011.05.14)
京都市北区紫野にある「今宮神社」に立ち寄りました。座布団に鎮座するこの石は、「阿呆賢さん」といい石を撫で身体の悪いところを撫でれば回復を早める、また、「重軽石」とも呼ばれ手で三度叩いて持ち上げ、今度は三度撫でてから持ち上げる。後者の方が軽く感じられたら願いは成就するといわれています。参道に、平安時代からある「あぶり餅」を食べようと行ったのですが、何と定休日でした。今まで定休日があるとは知りませんでした。ビックリです。2軒あるのだから交互で休めばよいと思いますがね。
  (2011.05.12)
左から「白雲桜」と呼ばれているもので、百年程の古木だそうです。次が「御車遷」です。このように簾越しに見る桜もなかなか風情があるものです。
  (2011.05.10)
平野神社の桜はソメイヨシノや枝垂れ桜の定番の桜もありますが、本殿前の広場にはこのような品種の桜が咲き誇っています。
  (2011.05.08)
京都市北区にある「平野神社」です。江戸時代より「平野の夜桜」と呼ばれている桜の名所で、約50種400本の各種の桜が植栽されています。境内は自由に入れますが、その桜の下には露店が並び床を作って酒を飲ましています。神社が収入を得るために貸しているのでしょうが、何とかならないのでしょうか。数多くの神社仏閣を見てきましたが、このようなところはここだけでした。
  (2011.05.06)
山頂に「後醍醐天皇行在所跡」がありました。京都御所を出た後醍醐天皇を受け入れた場所で、天皇方2500に対して北条方75000を相手に攻防1ヶ月、1331年9月28日の夜半の風雨に乗じた50名の奇襲に遂に陥落しました。石段や石の囲いはありましが、その中はこのように何もありませんでした。
  (2011.05.04)
「貝吹き岩」といい、元弘の戦いのときに士気を高めるために、この岩から法螺貝が吹かれたとか。修験者もこの岩の上でホラ貝を吹いたそうです。山頂周辺は笠置自然公園となっていますが、モミジが多く秋の紅葉は見事であろうと思われます。
  (2011.05.02)
更に先へと進と「胎内くぐり」があります。修行場の入口にあり、行場に入る前に滝で清めるのが普通ですが、ここは水がないのでこの岩を潜り抜けることで身を清めたそうです。岩の上に乗っているこの岩は「ゆるぎ石」といい、元弘元年(1331年)後醍醐天皇が鎌倉幕府の奇襲を受けたが、その奇襲に備えるために武器としてここに運ばれたが、使用することはなかった。重心が中央にあるために人の力で動くので、ゆるぎ石というそうですが試しにチャレンジしましたがビクともするものではありませんでした。
  (2011.04.30)
   
弥勒大磨崖仏から少し行ったところに、「虚空蔵磨崖仏」が大きな岩に描かれていました。弘仁年間(810~824)弘法大師が、一夜で彫刻したといわれていますが、中国山西省に同じような磨崖仏があるので奈良時代の渡来人の作だと考えられています。
  (2011.04.28)
   
笠置寺に拝観料300円を支払って入山。暫く登ると十三重石塔(重要文化財:鎌倉時代)がありました。建久7年(1196年)に木造瓦葺きの塔が立っていましたが、元弘元年(1331年)の戦乱で焼失しました。次が、笠置石で天武天皇が狩りでこの岩上で進退窮まり、念仏を唱えて難を逃れたので後日の目印に笠を置かれたという伝説があり、笠置という地名の発祥の石ということです。次が、弥勒大磨崖仏で笠置寺の本尊で、15mの石面に弥勒如来が彫刻されていましたが、対面にある堂が3度の火災に遭いその都度崖仏もその火で摩耗したそうです。 
  (2011.04.26)
  
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