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背割堤その3です。
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背割堤その2。土手に遊歩道があり両側にソメイヨシノが植えられて、桜のトンネルとなっています。そのような遊歩道にも、このような注意の看板が立ててありました。いくらなんでもこの人が多いときに、蝮が出てくることはないでしょうが、この騒ぎが静まった頃には出てくるのでしょう。それだけ自然が豊富ということです。
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京都府八幡市の背割堤の桜です。1.4kmに250本のソメイヨシノの桜並木道になっています。桜を見るなら京都、奈良などいろいろと行きましたが、ここの桜が一番だと感じます。ウグイスも鳴いていてなかなかなものでした。(動 画)
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♪菜の花畠に入り日薄れ・・・・♪♪ 畑を吹き抜ける風は、まだまだ肌寒さを感じさせますが、菜の花の黄色はすごく暖かさを感じさせます。辺り一面に菜の花の香りが漂っていました。(動 画 小川のせせらぎと鐘の音に雰囲気があります)
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結城神社の狛犬ですが、立て札に「日本一の狛犬 青銅製 高さ1m48cm」とありました。確かに大きな狛犬ですが、大きさならもっと大きなものがありそうに思われますが・・・ 更に「北村西望 製作 伊藤伝七 奉納 昭和12年5月御祭神六百年記念」とありました。北村西望は、文化勲章受章者で長崎の平和祈念像の作者としても有名な彫刻家ですし、伊藤伝七は、東洋紡など紡績界で名をなした人物。このようなことを勘案すれば日本一の狛犬でしょうね。
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近くの「嫁付川」堤のソメイヨシノが満開になってきました。年々育ってきて毎年綺麗な花を咲かせるようになってきています。肝心の川が、どぶ川から魚が住めるような川になってもらいたいものです。
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結城神社その2。見事な枝垂れ梅のオンパレードでした。
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三重県津市にある「結城神社」へ梅を見に行きました。ほどんどが枝垂れ梅でした。よい天気だったので沢山の人が梅の香りを満喫していました。北野天満宮の梅林よりは遥かに小さな梅林でしたが、枝垂れ梅が所狭しと植えられていてなかなかのものでした。お勧めのところです。
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京都府立植物園の簡易のビニールハウスではなくて、本格的なガラス温室に咲いていた熱帯・亜熱帯植物の花を撮しました。
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京都府立植物園のビニールハウス内で、咲いていた花をマクロモードで撮したものです。
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京都府立植物園の梅林は2カ所ありますが、北山通りの入口の梅が綺麗だと思います。
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京都府立植物園に咲いていた花たちを、マクロモードで撮してみました。
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30年振りにレコードプレーヤーを更新??しました。マイクロ精機の「SOLIDー5」という1974年に発売されたベルトドライブのプレーヤーです。25000円で購入。カートリッジに「MICRO Mー7000e」が付いていました。38年も経過しているのですから使用感はありますが、問題なく作動します。さて、音ですがMICROのトーンアームは優秀なのでしょうね音が前に出てきますので、レコードの宿命である「ジリパチ」という雑音が音楽が前に出た分、奥に引っ込んだのでそれほど気にならなくなりました。カートリッジをDENONの「DL-103」にして聞いています。
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近くの平井神社の桜が一本だけ見事に満開になっていました。まだ梅も満開になっていないのに・・・・明日はまた寒くなると言うのに・・・・何故か一本だけ満開になっていました。
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京都府立植物園で、第7回早春の草花展が20日まであったので行ってきました。ビニールハウスの中は、春の花が咲き乱れて春爛漫でした。春と言えば菜の花ではないでしょうか。この黄色は暖かさを感じさせます。
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今まで乗っていた車が10年を越えたので、乗り換えることにしました。今流行のハイブリッドかとも思いましたが、今後の走行距離を勘案してその価格差を燃料費で埋めることは出来ない。との判断に基づいてカタログ燃費でハイブリッド車と同等の、マツダのデミオ13-SKYACTIV-Gを購入しました。環境にもエコで財布にもエコな車です。実燃費ですが、琵琶湖一周したときは途中から雨、余呉湖辺りから雪という悪条件でしたが、24.1kmでした。神戸まで高速道路を走ったときは、25.1kmとよい燃費だと思います。普段の通勤は片道6kmと極端に短いので15km前後です。走りの方は、1800ccから1300ccに乗り換えたので走らないのではといささか心配していましたが、今の1300ccは良くなったのですねまったく問題ありませんでした。
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オリンパスの「M.ZUIKO DIGITAL ED 12-50mm f3.5-6.3 EZ」のズームレンズを購入しました。動画撮影に便利な電動ズーム機能があることと、マクロ機能があるので購入に至りました。
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大石神社から程なくのところに、大石良雄が隠れ住んだと言われる邸宅址があります。現在はこのように高台で見晴らしが良いところですが、当時は木々が鬱そうと繁っていて裏は山で絶好の隠れ場所であったそうです。討ち入り後に邸宅、田畑等一切を岩屋寺に寄進しました。
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大石神社は、昭和10年当時の浪曲の重鎮であった吉田奈良丸が中心となって創建された神社です。毎年12月14日に義士祭が行われて多くの参拝者を集めています。願掛けの神、大願成就の神として、本殿前にある「大石願掛け像」には沢山の願い事が書かれています。受験の願いが多いようです。
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山科区にある「大石神社」に行きました。ご存じ、大石内蔵助良雄を祭神とする神社です。本殿の前に馬が飼育されていました。「ファラベラ」という最も小さな品種だそうです。平成11年4月30日生まれだそうで、人間ならば40歳ぐらいでしょうか。
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同じ野洲市にある「妓王寺」に立ち寄りました。寺という感じではなくて普通の民家です。誰もいなくて、自由に庭を見ることができます。祇王・祇女の姉妹と母刀自の墓があるだけでした。NHK大河ドラマ、平清盛のポスターが貼ってあるのが、平家物語に関連する寺ということがわかります。京都嵯峨野の祇王寺と違ってひっそりとしたものです。
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滋賀県野洲市木部にある「錦織寺(きんしょくじ)」です。平安時代初期の天安2年(858年)に慈覚大師・円仁により創建されました。ここも人も少なく静寂な寺院でした。本堂の欄干には、見事な龍の透かし彫りがありました。
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滋賀県野洲市五条にある「兵主大社(ひょうずたいしゃ)」に行きました。ガイドブックに、”近江の苔寺”と云われている美しい庭園(500円)があるとか。社務所で見たいと云ったところ「今は何もなくて見るものは何もありませんよ、それでも良かったら・・・」と云う。神社の人の口からこのような発言があるとは驚きましたが、そうまで云われて有料の庭園を見ることはないかと、季節の良いときにあらためて来ることにしました。
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茅葺きの農家のような本堂です。山門を入ったところに、「禅定寺五輪塔」がありました。康永元年(1342年)の南北朝時代の石造物です。
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京都府宇治田原町に「禅定寺」があります。正暦2年(991年)に華厳宗の寺として建立されました。平等院の末寺となったので、藤原氏の隆盛、衰退を共にしましたが、住民の協力で何とか維持され、延宝8年(1680年)に月舟禅師により曹洞宗の寺として再興された寺院です。山門と両側の仁王が出迎えてくれます。
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法泉寺のすぐ近くに咋岡神社(くいおかじんじゃ)がありました。建治年間(1275~78年)の創建と云われ、その間戦火で焼失しましたが、天文3年(1534年)に再建されたと伝わっています。天神社と称していましたが、明治26年に現在の名称になったとか。
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京田辺市に「法泉寺」があります。天長年間(824~834)の干ばつの際に、本尊の十一面観音の力によって泉が湧いたことから法泉寺と称したと伝わっています。十三重塔は、重要文化財で高さ6m、弘安元年(1278年)の刻銘があり叡尊(1201~1290年:鎌倉時代の律宗の僧、西大寺中興の祖)が水防のために建てたものとか。
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京田辺市にある「観音寺」に行きました。最近ここから、東大寺二月堂で行われるお水取りの際に使用される松明の竹を東大寺に送る竹送りという行事が復活しました。観音寺は、天武天皇の勅願により創建された寺院で、本尊の十一面観世音菩薩は、天平16年(744年)に安置されたものだそうです。
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ユニーク感が漂う飛行神社ですが、神社らしい一面も見られますがプロペラのモニュメントがあるのが、飛行神社らしいところです。このプロペラは、「零式艦上戦闘機」いわゆる零戦の機首部で、昭和58年10月に大阪湾で漁師が底引き網で操業中に網に掛かり引き上げられたものだそうです。
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京都府八幡市にあるものですが、何の建物がわかるでしょうか。神社のイメージとだいぶ異なった「飛行神社」です。大空を飛んだのはライト兄弟より日本人の「二宮忠八」だったかもしれない・・・・というお話です。明治24年(1891年)4月にゴム動力プロペラ式飛行器(機ではなく器です)の飛翔実験に成功して、人が乗れるものを明治26年に設計を完了しましたが、日清戦争が勃発して出兵、軍用機に転用しようと設計図を添えて上申したが却下されたので、独力で製作することを決意。製作を開始しましたが、ライト兄弟の成功の報に接して二番煎じは可としない忠八は製作を断念する・・・・ということです。その後飛行機の時代になり空の犠牲者も多くなったので、その霊を弔うために忠八は私財を投じて大正4年(1915年)に神社を設立したのが、この飛行神社ということです。
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