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「京都十六社朱印めぐり」その⑨。藤森神社からすぐのところに「御香宮」(伏見区御幸宮門前町)があります。安産、厄除、病気平癒の神様です。創建当初は、御諸神社と言いましたが貞観4年(862年)に境内から香りの良い泉が湧き、清和天皇から御香宮の名を賜ったということです。万病に効能があるという水で、名水百選に選ばれているので汲みに来る人で列ができていることが多いです。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑧。次に行ったのが、伏見区深草鳥居崎町にある「藤森神社」です。勝運、学芸上達の神様です。5月5日に行われる駈馬神事(かけうま)は有名でこのことから競馬関係者の参拝が多いとか。ここにお参りして馬券を買うと万馬券が当たるかも・・・6月は、紫陽花がきれいな神社でもあります。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑦。上京区上御霊堅町にある「御霊神社」で、心しずめ、厄除、学業成就の神様です。非業の死をとげた早良親王の神霊を祀った神社で、心しずめというのがわかります。境内は当時は現在の2倍ほどあり御霊の森と呼ばれていましたが、文正2年(1467年)に、この森で東軍と西軍が一戦を交えたのが、応仁の乱の幕開けになりました。御霊神社は、応仁の乱の発祥の地なのです。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑥。次に訪れたのは、北区紫野今宮町にある「今宮神社」です。健康長寿、良縁開運の神様です。長保3年(1001年)に疫病が流行したとき、一条天皇が現在の地に神殿を造営したのが起源だとか。ここに来れば門前にある「あぶり餅」が有名ですよね。江戸時代のような茶店で食べることが出来ます。
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すいせんの丘から眺められる千枚田。奉建塔は楠木正成600年祭記念塔で、正成が戦死した年齢にあわせて43尺(約13m)あります。塔には「非理法権天」と書かれてあります。非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権に勝たず、権は天に勝たずということだそうです。
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昨日、大阪府で唯一の村であり楠木正成の生誕の地として名高い、千早赤阪村にある「すいせんの丘」に行きました。淡路島や越前岬の水仙よりは、規模は小さいですが5万本の水仙があるとか。陽が長く当たる南側の斜面では綺麗に咲いていましたが、その他の斜面ではこれからというところでした。見頃はもう少し先のようです。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑤。京都市北区衣笠天神森町にある「わら天神宮」です。敷地神社といい安産、厄除、子授けの神として有名で、授けるわらのお守りに節があれば男の子、なければ女の子が生まれるという信仰があり、わら天神宮と呼ばれるようになったそうです。娘と息子の子供が生まれるとき、どちらも節があったので男の子だと言っていたら、そのとおり男の子でした。100%当たる神様です。
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「京都十六社朱印めぐり」その④。次に京都市右京区春日町61にある「西院春日神社」に行きました。厄除・病気平癒の神様です。淳和天皇の皇女が天然痘になったときに祈願すると、神前の石に疱瘡が生じて平癒したという伝説があります。
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「京都十六社朱印めぐり」その③。京都市南区壬生通八条角にある「出世開運・家運隆昌」の「六孫王神社(ろくそんのう)」です。
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「京都十六社朱印めぐり」その②。長岡天満宮から40分ほどで京都市南区吉祥院政所町3にある「吉祥院天満宮」に着きました。長岡天満宮だけが長岡京市でその他は全て京都市内に点在します。知恵と能力開発の神様ということですが、この歳ではもう遅いか・・・
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「京都十六社朱印めぐり」があることを新聞で見ましたので早速やってみることにしました。まず初めに長岡京市天神2-15-13にある「長岡天満宮」に行きました。学問の神様で厄除、開運の神社です。春のツツジが見事なことでも有名です。
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京都水族館に初めて行きました。大阪や神戸の水族館に比べるとイマイチという感じです。イルカのショウもありましたが、15分ほどで終わりこれももう一つという感じ。
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当尾の石仏のメインは、やはりこの「わらいぼとけ」といわれる両側に菩薩を従えた阿弥陀如来坐像ですが、笑っておられます。永仁7年(1299年)二月十五日 願主 岩船寺住僧 大工 末行 という銘文があります。そのとなりに頭だけ出しておられる地蔵石仏があり、「眠り仏」と呼ばれています。
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この岩のこの窪みが、唐臼に似ていることからカラウスがカラスの壺になったそうですが、寺院などの基礎石だったのではないでしょうか? 「からすの壺二尊」があり、地蔵菩薩立像は、康永二年三月廿四日(1342年)願主 勝珍。阿弥陀如来坐像は、康永二年三月十五日願主 恒性。という銘文があります。こんな山中の寂しいところに石仏が2体、現在でも寂しいところですから当時はさぞかし・・・・と想像しますが、今より賑やかだったりして・・・
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「あたご灯籠」からこのような道を行くとほどなく「唐臼の壺(からすのつぼ)」というところに来ます。
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当尾の石仏を撮しに岩船寺方面にスタート。「やぶの中の三尊」は左から阿弥陀如来坐像、地蔵菩薩、十一面観音菩薩立像で弘長二年(1262年)という銘があります。次が「あたご灯籠」で、ここから山の中を歩いて岩船寺に行きます。
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浄瑠璃寺の紅葉三題。
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浄瑠璃寺の池の周りに咲いていた花を撮しました。この時期は、やはり菊科の花しかないようです。
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浄瑠璃寺の続きです。本堂と池を挟んで東にある国宝の三重塔ですが、周りの紅葉とマッチして存在感を表しています。三間四方、檜皮葺、高さ15.3mで藤原時代の和様建築です。
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流れ橋は、昨年の10月1日にこのように流れてしまいました。三重県の大雨と上流にある高山ダムが大量に放流したためとか。橋が流れないように調整して放水するのが、ダムなのではないでしょうか。橋の近くにある石仏もそう思っておられることでしょう。
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京都市左京区岩倉にある「三宅八幡神社」に行きました。夜泣き、かん虫等子供の神様です。そしてここの神社は、狛犬ではなくて狛鳩が置いてあるほど神の使いとして鳩が多く大切にされています。茶店には鳩餅も有名です。行ったときには、焚き火がありました。今は焚き火などする人もする場所もなくなりましたが、いいですね焚き火は暖かくて囲む人たちと自然と会話ができます。この時期の外交は焚き火を囲んだら良い結果になるかも・・・・
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最後は近鉄久津川駅の傍にある平井神社にも行きました。ここは駐車場もないので一番参拝者が少ない神社です。創建は不明で江戸中期には存在していたとか。
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次は久世芝原にある久世神社に行きました。本殿の周辺はこのように雰囲気のない風景ですが、案内板によると祭神は日本武尊で創建の年代はあきらかではないが、本殿の建物が室町末期なのでそれ以前から鎮座していたと推測されるとか。明治39年に重要文化財に指定されたそうです。
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水度神社に初詣に行きました。城陽市内で一番大きな神社ではないでしょうか。参拝者も多くこの3倍ぐらいの人が参拝の順番待ちをしていました。参拝するところは3名分しかないので、このようなことになるわけです。
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明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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山から下りて同じ加茂町にある浄瑠璃寺に行きました。ここは堀辰雄の「浄瑠璃寺の春」を読んでから何回となく来た気に入った寺院です。海住山寺の紅葉には負けているようですが、例年よりは赤く紅葉しています。本堂には9体の国宝の阿弥陀如来坐像があるので、九体寺とも呼ばれています。
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今年のモミジは見事に真っ赤に紅葉しました。こんなに赤いモミジは最近では珍しいのではないでしょうか。
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この五重塔は、建保2年(1214年)に完成したもので国宝に指定されています。高さが17.7mと16.1mの室生寺に次いで小さい塔です。因みに大きいのは東寺の54.8mです。
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海住山寺の本堂です。本堂には、重要文化財の本尊十一面観音菩薩立像があります。
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京都府木津川市加茂町例幣海住山にある「海住山寺(かいじゅうせんじ)」に行きました。天平7年(735年)に聖武天皇により観音寺として建立されましたが、保延3年(1137年)に焼失、承元2年(1208年)に解脱上人貞慶がこの観音寺の廃虚に住み海住山寺と名付けて再興したということです。山の中腹にあるのできれいな紅葉で迎えてくれました。
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