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入口には、このような石標があり山道を1km程歩きます。
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滋賀県日野町にある「鎌掛谷ホンシャクナゲ群落」に行きました。渋滞を懸念していましたが、予想に反してスムースに現地に着きました。300m程歩くと無料シャトルバスが石楠花群落地の入り口まで運んでくれます。そこは、上高地の遊歩道にような雰囲気をもったところです。八重桜が咲いていました。
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これも庭先に咲いていたツツジです。躑躅は今がちょうど見頃を迎えています。石楠花も咲いていました。「シャクナゲ色に黄昏れる遥かな尾瀬遠い空・・・♪」
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民家の庭先にきれいに咲いていたヤマブキです。ヤマブキで思い出すのは、江戸城を築城した太田道灌の逸話です。鷹狩りに行って雨になり農家に蓑を借りようとしたら、その農家の娘は無言でヤマブキの一枝を渡した。道灌は何のことだかわからず帰って、家臣に話すと「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」という和歌に託して貸す蓑がないことを伝えたのだということを聞いて、無学の自分を恥じて勉学にも励んだという逸話があります。ヤマブキを見ると何故かこの逸話を思い出します。
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野崎観音には、「お染・久松」の塚があります。歌舞伎、浄瑠璃などにも登場する有名人ですよね。久松とお染の恋物語と聞こえはよいのですが、早い話お光の三角関係を描いたもので、お光の悲恋物語というべきでしょうね。
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慈眼寺は曹洞宗で天平勝宝年間(749-757)に創建されました。本堂の隣に平安時代末期の中興の祖といわれる遊女の「江口の君」を祀ってあるお堂があります。簾がありよく見えませんがふくよかな顔をされているようです。
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野崎詣りは・・・♪ の野崎小唄や桂春団治の落語「野崎詣り」の野崎観音に初めて行きました。慈眼寺というのですが、野崎観音で有名で大阪府大東市野崎にあります。細い山道を対向車が来ないことを願いながら登っていくと駐車場がありました。
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もう一隻、護衛艦「しらね」が停泊していました。先頭から見ると灰色に塗装され「しらね」も「あたご」もよく似たものです。もっとも護衛艦ですから客船のように目立つ色でないのは当然でしょうが・・・・
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この日、海上自衛隊舞鶴地方隊が一般公開していたので行ってみました。護衛艦「愛宕」が停泊していました。7700トン、全長165mあるそうで間近で見ると大きいものですね。因みに戦艦大和は64000トン、全長263mあったとかその大きさが想像できます。
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また、舞鶴の「赤レンガ倉庫群」に行きました。街灯も一昔も二昔も前の街灯です。ところがよ~~く見て下さい。電球が裸電球ではなくて、最新のLED球になっています。蛍光灯の街灯がほとんどでLEDの街灯は珍しいのではないでしょうか。
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「ゴモジュ」分布は沖縄、台湾という亜熱帯地方です。「ムクゲ」中国に分布花は一日で萎みます。「レンギョウ」分布は中国早春の代表的な花木です。
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「ネコヤナギ」北海道~九州に分布山野の水辺に多い。「椿」、そして椿が落花している木がありました。ツバキは落花しても絵になりますね。
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左から「トサミズキ」、トサ(土佐)ですから高知県に分布しているそうです。 「クリスマスローズ」、ヨーロッパに分布12月頃から咲くバラという意味でしょうか。 「キブシ」、北海道から九州に分布、簾のようになるのが特徴です。
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また、万博記念公園に戻って公園で咲いていた、ボケ、馬酔木、椿です。馬酔木といえば、「浄瑠璃寺参道」や奈良公園の「ささやきの小径」の馬酔木はどうなのでしょうか。
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今は春の花が真っ盛りですね。玄関先に鉢植えのパンジーなどを植えておられる家庭が多いですね。
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近くの児童公園のソメイヨシノです。満開になってきました。満開の桜の下のお地蔵さんも喜んでおられることでしょう。
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近くの「嫁付川」の桜は、木によっては蕾もありますが5分咲きになってきました。もうすぐ満開になりそうです。
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万博公園にある「日本庭園」を歩きました。滝があり大きな池があり遠くに太陽の塔が眺められたりと、40年ほど前に作られた庭園です。
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万博公園の梅その3です。梅をマクロで撮してみました。
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万博公園の梅その2です。雨が降り出し思うように撮せませんでしたが、まぁこんな所という紹介にはなったでしょうか。
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1970年に開催された日本万国博覧会を記念して整備した万博記念公園の梅を見に行きました。見頃過ぎだったのですが、ここは初めてだったので行くことにしました。万博といえば何と言っても岡本太郎作の太陽の塔ですよね。梅と太陽の塔を撮してみました。
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「京都十六社朱印めぐり」の朱印帳とその記念品です。16社巡りは西国33カ所のように第○○番札所といったような番号はなくどのような順番でもOKということで、朱印帳は最初の神社で、最後に行った神社でこのような置物がもらえます。一カ所300円なので4800円かかります。全部車でいったので無料駐車場のないところは、市比賣神社、今宮神社、京都熊野神社、熊野若王子神社、長岡天満宮、粟田神社でした。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑯。最後の16番目の神社が、下京区河原町五条下ルにある女性の守り神の「市比賣神社(いちひめじんじゃ)」です。京都の繁華街にありビルの一階にあるので、京都の神社らしくない神社ですが、創建は延暦14年(795年)で祭神はすべて女神なので、女人厄除けの神社として有名です。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑮。朱印めぐりもあと2カ所になりました。その15番目に行ったのが、銀閣寺から歩き出す「哲学の道」の終点にある「熊野若王子神社」です。学業成就、商売繁盛の神様です。学業成就といえば、国立大学の合格者発表がありました。「努力のない信仰は無意味です」という言葉がありますが、努力のたまものが合格という結果になったです。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑭。左京区聖護院山王町にある「京都熊野神社」です。縁結び、安産、病気平癒の神様です。現在は本殿、拝殿、社務所があるだけですが、かつては鴨川に至る広大な境内があったとか。聖護院と言えば八ツ橋ですよね。八ツ橋発祥の地という石碑があります。
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京都府立植物園の梅ですが、咲いている木もありますが、ほとんどが蕾でした。「春はまだまだ先ですよ!!」と言っているようでした。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑬。岡崎通りにやって来ました。平安神宮、京都会館、美術館、動物園等が並ぶ文化の香が漂う地域の左京区岡崎東天王町に「東天王岡崎神社」があります。子授け、安産、厄除けの神様です。平安京遷都の際の鎮護として都の四方に祭られた社で、東方を守護したので東天王社と呼ばれました。治承2年(1178年)に中宮の安産祈願を賜り安産の神として信仰されるようになったとか。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑫。東山区粟田口鍛冶町にある「粟田神社」です。旅立ち守護、厄除けの神様です。高台にあるので眺望がよいところです。貞観18年(876年)に創建され京都の東の出入り口の粟田口にあるので、江戸時代には旅人が旅の安全を願って参拝したので、旅行安全の神様として知られるようになりました。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑪。次に行ったのが、東山区大和大路通正面茶屋町にある「豊国神社」で、豊臣秀吉を祭神とする神社です。秀吉ですから、出世開運と良縁成就であるのは当然ですよね。この唐門は、伏見城の遺構と言われ桃山時代の代表的な建築で、国宝に指定されています。その前で結婚の記念写真を撮っているカップルがありました。
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「京都十六社朱印めぐり」その⑩。東山区今熊野椥ノ森町にある「新熊野神社(いまくまの)です。健康長寿、病魔退散、特にお腹の神として知られています。後白河上皇により永暦元年(1160年)に創建され、境内には上皇お手植えのクスノキがあり樹齢800年という巨木です。案内板には、このクスノキに抱きつきなさいそうすると神の力が働いて心身が清められ、新しい活力が生まれると書かれてあります。早速抱きついてきました。
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