ス ナ ッ プ 写 真   
 
 
 

 
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梅苑に入りました。お茶菓子付きで700円です。お茶菓子と云っても袋に入った梅昆布茶を、自分でポットの湯を湯飲みにそそいで飲むといったもの。梅林の維持管理も大変だろうと思いますが、商魂が垣間見られるのも・・・・ 
  (2017.03.12)
   
写真(右、中央)の、案内板に『御土居の大欅 東風 樹齢600年 幹周り6m このケヤキは豊臣秀吉がここに御土居を築いた当時から成長を続けてきました。京の地より天高く太宰府へ東風を吹かせ続けています。』とありました。御土居(おどい:写真右)は、豊臣秀吉が天正19年(1591)に築いた土塁で、幅12.6m高さ8.1m、延長22.5kmに及ぶ日本の万里の長城でした。
  (2017.03.10)
拝殿前にも大行列を作っていました。参拝するのに何分かかることやら・・・・ そんな騒動を梅はあきれながら静かに見ていました。 
  (2017.03.08)
露店が並んだ参道から境内に入ると、北野天満宮らしくあちこちに梅を見ることが出来ます。同じところから紅梅、白梅、そしてミックスしたものを写して見ました。 
  (2017.03.06)
骨董品が並んでいるところです。このような工芸品は適正価格がありませんので、気に入った物が買える価格であれば買うしかないような・・・・ 偽物・本物の判断で買うと後で泣きを見ることになると・・・・ それと和服関連の品物が多かったです。
  (2017.03.04)
露店は、三列になって並んでいます。植木・草花を売っている列、飲食露店の列、骨董・古着を売っている列とあります。圧倒的に人が多いのは、食べ物を売っているところです。写真は、園芸露店です。垣根越しに梅林の梅が顔を覗かせていました。
  (2017.03.01)
北野天満宮に行きました。毎月25日は天神さんと呼ばれて縁日が行われていますが、2月25日は梅花祭があります。菅原道真が延期3年2月25日に太宰府で没したことに由来します。予想はしていましたが、もの凄い人出で露店が並ぶ参道を、押し合いへし合いしながら進みました。 
  (2017.02.27)
京都府立植物園に咲いていた花々その13。 マメ科の日当たりの良い湿地によく生育する「ネムノキ」です。(写真左・中央) 夜になると葉が閉じるので、この名が付きました。漢字では合歓木と書くのは、中国ではネムノキは夫婦円満の象徴とされているところから付けられました。写真右は、ユリ科の一種でしょうが、名前が??です。
  (2017.02.24)
   
あかりをつけましょ 雪洞に・・・・ 雛人形を飾りました。少し違和感があるのではないでしょうか。そうです!!男雛と女雛の位置が違うのです。京都は向かって右に殿、左に姫を飾ります。これは京都御所の紫宸殿の即位の式典に由来し、太陽が先に当たる側が上の位、「左をもって尊し」という風習によります。そして旧暦で飾りますので4月3日がひな祭りです。
  (2017.02.20)
京都府立植物園に咲いていた花々その12。 「キキョウ」の紫はいいですね高貴な感じがします。(写真右)、東アジア原産・キキョウ科の「ホタルブクロ」です。(写真中央・写真右)成長するに従って白色から茶色に変化するのか、その反対なのかわかりませんが・・・・  
  (2017.02.17)
京都府立植物園に咲いていた花々その11。 左から「テラーホワイト」、「ブルースカイ」と薔薇のようなネーミングです。そして、「ナツツバキ」で沙羅双樹と呼ばれたりしています。
  (2017.02.13)
京都府立植物園に咲いていた花々その10。 西洋アジサイの「ロート ドロッセル」(写真左)、「ファザーン」(写真中央)、「ロシタ」(写真右)です。 
  (2017.02.09)
京都府立植物園に咲いていた花々その9。 左から「アナベル」、西洋あじさいの「パール」、西洋アジサイ「カステリン」です。 
  (2017.02.06)
京都府立植物園に咲いていた花々その8。 「菊咲八重」というヤマアジサイ(写真左)、「大隅ヤマアジサイ」(写真中央)、そして西洋アジサイで「ザ・クリスマス」というアジサイらしからぬ名前の紫陽花です。(写真右)
  (2017.02.03)
京都府立植物園に咲いていた花々その7。 左から「ヤマアジサイ」で中央に蜜蜂がいます。「ウズアジサイ(斑入り)」は葉に特徴があります。「八重ガクアジサイ」です。
  (2017.01.30)
京都府立植物園に咲いていた花々その7。 左から丹後半島産の「丹後ナデシコガクアジサイ」、ガクアジサイで「伊豆の華」、落葉高木で神奈川県以南の暖帯に分布する「ネコノチチ」で、果実が猫の乳首に似ていることからこの名になったとか。
  (2017.01.27)
再び京都府立植物園に咲いていた花々その6。 左から「ナデシコガクアジサイ」、「ヒメアジサイ」、「ヤマアジサイ」です。 
  (2017.01.23)
JR京都駅の近くに「正行院」という寺院があります。残念ながら一般公開していない寺院です。天文7年(1538)円誉上人が開山しました。上人が京都北山で修行していたときに猿が多く遊びに来ていたので、多くの猿の首に「南無阿弥陀仏」と書いた札を付けお守りにせよと授けました。ある日漁師に狙われたがそのお守りで命が救われ、その漁師は改心して正行院で出家して今まで殺生してきた動物たちの供養をし生涯を終えました。その話が都に広まり正行院は「猿寺」と呼ばれるようになりました。寺には800頭の猿の人形が飾られているそうで、その中にお釈迦様が説かれた「見ざる・思わざる・言わざる・為さざる・合掌ざる・持たざる・忘れざる・聞かざる」の八猿があるそうです。
  (2017.01.20)
JR京都駅ですが、振り返ると青空に京都タワーがクッキリとそびえていました。足下には雪が残っています。京都はだいぶ降ったようです。
  (2017.01.17)
今冬一番の寒波が襲来で、全国的に大雪になっています。日本海側の積雪と比べれば、こんなもの積雪とは云わないのでしょうが、2~3cmも雪が積もっています。今もチラチラと雪が降っています。 
  (2017.01.15)
京都府立植物園に咲いていた花々その5。 伊豆半島産のガクアジサイ(写真左)、暖地の海岸(房総半島、三浦半島、伊豆半島、和歌山神島、足摺岬)に自生するガクアジサイ(写真中央)、「白マイコ」というヤマアジサイ(写真右)です。 
  (2017.01.12)
再び京都府立植物園に咲いていた花々その4。 ガクアジサイの品種ですが、左から「城ヶ崎」、色違いの城ヶ崎、そして「花火」です。城ヶ崎と花火の違いがわかりません。
  (2017.01.09)
今年は酉年ですので、いろいろなカラフルな鶏を集めました。鶏卵を目的とする白色レグホンや鶏肉・鶏卵用の名古屋コーチンはよく見ますが、観賞用の鶏は見かけませんよね。 
  (2017.01.06)
  本 年 も ど う ぞ よ ろ し く お 願 い し ま す。
  (2017.01.03)
京都府立植物園に咲いていた花々その3 左からキク科の「ルドベキア」、カンナ科の「カンナ」、ナス科の「ペチュニア」です。
  (2016.12.30)
京都府立植物園に咲いていた花々その2 アメリカ南部原産の「イトラン」。 花ではないですが、木の幹にビッシリとツタが巻き付いています。これでは、木が枯れてしまうのではと思いますが、植物園が放置しているのですから大丈夫なのでしょう。 白い木をイメージさせる噴水がありました。
  (2016.12.26)
京都府立植物園に咲いていた花々その1 キンポウゲ科の「デルフィニウム」(写真左)とその色違い(写真中央)ですが、どちらも淡いブルーとピンクで好まれる色だと思います。モクレン科の「タイサンボク」(写真右)で北アメリカ南東部原産で明治初期に渡来した常緑高木です。直径12~15cmの大型の花です。
  (2016.12.22)
今は暗渠になっていますが、当時は川がこの幅で流れていました。下校時に、この角でオモチャなどを売る行商人がよく見かけましたが、今はそのようなことはないでしょう。校門前に文房具店がありましたが、今もありました。懐かしいですね。
  (2016.12.18)
児童通用門(写真左)、グランド(写真中央)も位置は変わっていませんが、風景は当時の面影は残っていません。校内に入ると記憶にある教室(写真右)がありました。在校生だったときに新築された校舎ですが、今は古くなったものだと思います。 
  (2016.12.14)
帰り道、ふと思い立って京都市左京区北白川別当町にある母校の「京都市立北白川小学校」に立ち寄りました。正門の位置は当時と同じようでしたが建物は当時の面影は残っていません。周囲の壁は塗り直されていましたが記憶にある壁です。中から見たら何も補修されていなくて、当時のままで残っていました。懐かしかったです。
  (2016.12.11)
帰り道に「念仏寺」という小さな寺院がありました。小さな石地蔵さんがたくさんあります。三千院のわらべ地蔵のような表情豊かではありませんが、ホットするような感じがいたします。 
  (2016.12.07)
山道を歩くこと20分程、「音無しの滝」が音を立てて流れ落ちていました。帯状の4m程の滝ですが、聖応大師が滝音で声明が乱れるのを恐れて、呪文でその音を止めたという伝説がありその名の由来となっています。写真は、滝口、中程、滝壺をアップで撮しました。全体と滝の音は(動 画)でご覧ください。
  (2016.12.05)
「音無しの滝」を見に行きました。途中に、このような料理店、北山杉のような杉林、そしてこの石は、「法然上人腰掛石」とありました。今から830年前に勝林院に来られたときに座られたのでしょうか。
  (2016.12.02)
欄間に見事な彫刻があります。見上げる先に小さなものなので、ほとんどの人は見逃しているのではないでしょうか。 
  (2016.11.30)
文治2年(1186)に、浄土宗の開祖法然上人は浄土宗義について明遍,証真,貞慶,智海,重源らと問答を行ないました。法然上人は、高僧たちの質問に対して明確に応答したのが「大原問答」です。この本尊は「大原問答」の時、手から光明を放ち法然が正しい証拠を示したそうです。このことから「証拠の阿弥陀」と呼ばれています。
  (2016.11.26)
大原問答で有名な「勝林院」に行きました。本堂、鐘楼、本堂から前方を眺めたところです。
  (2016.11.24)
往生極楽院を見て、わらべ地蔵を見ながら帰るのが今までのコースでしたが、今回初めて更に奥に方に歩いて見ました。すると、阿弥陀如来の石仏がありました。鎌倉時代の石仏だそうで風化が進んでいます。今は屋根がありますが、それまでは風雨にさらされてきたのを物語るお顔をされています。
  (2016.11.21)
往生極楽院の前に広がる庭園には苔が一面に生えていますが、その中に小さい石仏が苔の中に埋もれるようにあります。「わらべ地蔵」と呼ばれている石仏です。笑顔が可愛いわらべ地蔵です。 
  (2016.11.18)
再び三千院に戻って、庭園から宸殿を見た(写真左)のと、往生極楽院をを望んだ(写真中央)ものと、なかなか風情がある灯籠(写真右)です。 
  (2016.11.16)
11月も中旬となり紅葉も進んできました。色が一段と鮮やかさを増してきました。
  (2016.11.14)
収穫した稲を天日干しの稲木、その後ろには焚き火の煙、その手前には彼岸花とコスモス、これぞ秋の田園風景です。そして風に揺れていたコスモスをアップで撮しました。 
  (2016.11.12)
田んぼの境界線のように咲いている彼岸花。土手には見事に群生していました。この彼岸花の群生を見て、大原の里に来た甲斐がありました。 
  (2016.11.10)
三千院から一時外に出ます。周囲の田圃の畦道には「彼岸花」が咲いているところがありました。ここ大原に来たのはこの彼岸花を撮す目的で来たのです。 
  (2016.11.08)
寛和2年(986年)に建立された往生極楽院です。阿弥陀如来座像を中心に、左は大勢至菩薩、右に観世音菩薩を従えて立ち上がろうとする瞬間の姿だとされています。 
  (2016.11.06)
宸殿の縁側に座り込んで「往生極楽院」を撮しました。宸殿の前に広がる庭園は、「有淸園」と呼ばれるスギ、ヒノキなどの立木に青苔が目を楽しませてくれました。往生極楽院へ行く道があります。現世から極楽に行く道のように思えました。人が一人も写らない写真などよく写せたものだと・・・ ホンの一瞬の、シャッター・チャンスでした。
  (2016.11.03)
宸殿に掲げてあった三千院と書かれてあった額、虹の間がありますが、襖から鴨居の上に描かれた下村観山筆の虹が有名です。このように、くすんだ絵になっていますが日光が庭園の木々等に反射してこの虹の間に光が入ってくると、この虹が浮かび上がるのだそうです。 
  (2016.11.01)
久し振りに「三千院」に行きました。拝観料は700円高いですね。昔から三千院は高かったです。それでも人は多く、寺院らしい静寂は皆無でした。つくばいに流れ落ちる水の音など寺院そのものですが、ザワザワと話し声が聞こえて雰囲気はゼロでした。
  (2016.10.30)
京都市左京区にある「大原の里」に行きました。まず目にとまったのが藁葺き屋根の民家。手前のフェンスに地元の消防団の火の用心の看板がありました。藁葺き屋根に「火の用心」面白い光景におもわずシャッターを押しました。 
  (2016.10.28)
鴻巣山運動公園に行きました。公園の木々は黄色・赤色に染まっていました。紅葉の季節がやって来ました。
  (2016.10.26)
飛鳥寺を西門から出ると蘇我入鹿の首塚があります。大化改新で中大兄皇子らに暗殺された時の権力者・蘇我入鹿の首がここまで飛んできたとか。供養のためここに供養塔を建てたのがこの首塚です。
  (2016.10.24)
飛鳥寺の本堂、鐘楼、そして創建当初金堂の基礎石です。596年だそうでここに置かれて1420年経過します。人間の栄枯盛衰を見てきたのでしょうね。
  (2016.10.22)
奈良県明日香村にある「飛鳥寺」に行きました。日本最古の釈迦如来座像(飛鳥大仏)があります。ご覧のように痛々しいほど修理がなされています。頭部と右手指の一部のみが創建当時ままだそうです。本来なら国宝なのでしょうが、重要文化財となっています。
  (2016.10.20)
子供の頃住んでいた京都市左京区北白川追分町ですが、京大理学部構内にある庭石ですが丸い穴があるのは当時の記憶と全く同じです。岩が20年や30年で変化するはずがないですが・・・・ 百万遍知恩寺のコンクリート塀も当時と全く同じだし、塀越しに見える風景も何ら変わっていません。この辺を散策すると小学生の頃が鮮明に蘇ります。
  (2016.10.17)
運動会の帰り道に道ばたに咲いていた、萩等を撮してみました。蝶も止まっていて花に花を添えていました。 
  (2016.10.15)
  
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