ス ナ ッ プ 写 真   
 
 
 

 
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御室八十八ヶ所霊場その3です。 第四番札所の「大日寺」です。本尊は、大日如来です。第一番札所以外は何番であっても建物は、ほとんど同じように造られています。
  (2019.10.03)
御室八十八ヶ所霊場その2です。第二番札所の極楽寺です。(写真左) 第三番札所の金泉寺と本尊の釈迦如来です。(写真中央・右)
  (2019.10.01)
初秋の風景です。 近くの休耕田は、一面に雑草がビッシリと生えています。その中に萩が咲いていました。
   (2019.09.29)
近くの小学校で運動会がありました。よい天気で暑くもなく絶好の運動会日和でした。小学生は、何事にも一生懸命ですので、見ていて気持ちがよいものですね。
  (2019.09.27)
仁和寺の裏山に成就山がありますが、約3km山道にお堂(札所)が点在しています。「御室八十八ヶ所霊場」という名で 四国八十八カ所霊場の写し(ミニ霊場?)があり、約2時間で巡ることができます。その1回目は、1番札所の霊山寺です。
  (2019.09.25)
仁和寺その13です。 御室の桜です。京都で最も遅く咲き、樹高が低く目の前で花が咲きます。「わたしゃお多福 御室の桜 鼻(花)が低くても 人が好く」とか、「あんたは、御室の桜やなぁ・・・」は、美しいという褒め言葉ではなくて鼻が低いし結婚が遅いというという意味です。
   (2019.09.23)
仁和寺その12です。 重要文化財の「鐘楼」です。寛永年間(1624-1644)に建立されたもので、下部の袴腰式と呼ばれる袴のような板張りが特徴です。振り返ると木々の間から五重塔が望まれます。
  (2019.09.21)
仁和寺その11です。 国宝の「金堂」で、慶長18年(1613)に造営の御所内裏紫宸殿を寛永年間(1624-1644)に移築されたもので、当時の宮殿建築を伝える建築物として国宝に指定されています。
  (2019.09.19)
   
仁和寺その10です。 御殿から出て仁和寺境内を散策です。重要文化財の五重塔がありました。令和と書かれた立て札があります。(写真左)高さ36mで寛永21年(1644)に建てられました。
  (2019.09.17)
仁和寺その9です。 黒書院で明治20年に焼失、明治42年に完成しました。この襖絵は昭和6年に堂本印象によって描かれたものです。
  (2019.09.15)
仁和寺その8です。 その他北庭から見られた光景です。
 (2019.09.13)
仁和寺その7です。 北庭から重要文化財の五重塔が見えます。そして、小さな滝もありました。北庭の全体は、
動 画)をご覧ください。
  (2019.09.11)
仁和寺その6です。 白川砂を敷き詰め、簡素な南庭と対照的な池を配した晴れやかな北庭があります。
    (2019.09.09)
仁和寺その5です。 さらに奥に進むと入母屋造三室からなる「宸殿」があります。
   (2019.09.07)
仁和寺その4です。振り返ると白書院が見えます。本来ならこのような光景を見ることはできないのですが、工事をしているので、南庭の中ほどまで行けるようになっています。そして書院内部のふすま絵です。
   (2019.09.05)
仁和寺その3です。白書院の南庭です。全面白川砂が敷かれた枯山水の庭園です。動 画 写真中央の門は、勅使門です。
    (2019.09.03)
仁和寺その2です。御殿に入って渡り廊下を歩くと、やがて白書院があり南庭が見えてきました。(写真右)
   (2019.09.01)
京都市右京区にある世界遺産の「仁和寺」に行きました。吉田兼好の「徒然草」第52段にも仁和寺が登場します。写真左は、仁王門を通り重要文化財の「中門」です。写真中央と写真右は、仁王門からすぐ左側にある「御殿」で松の枝が低く伸びて、一面を覆っていました。
   (2019.08.30)
超音速ジェット戦闘機で、アメリカで開発されたものを三菱重工が昭和36年から昭和42年までに230機をライセンス生産しました。(写真左) 航空自衛隊の超音速ジェット練習機で、三菱重工を中心に開発された国産のジェット機で、昭和46年から昭和63年まで96機が生産されました。航空自衛隊の「ブルーインパルス」に採用され、平成7年まで使用されました。(写真中央) 展示場の風景です。(写真右)
    (2019.08.28)
陸軍三式戦闘機二型「飛燕」で昭和16年初飛行、昭和20年終戦まで約3000機が生産されました。(写真左) 航空自衛隊が、導入した最初のジェット練習機で川崎重工業が210機製造しました。(写真中央) 航空自衛隊の初の国産ジェット練習機で、富士重工業が昭和38年まで66機が生産されました。(写真右)
   (2019.08.26)
岐阜県各務原市にある「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館」に行きました。 その名のとおり、航空機の歴史と宇宙開発の歴史が展示されています。 陸上自衛隊のヘリコプター(写真左)、写真中央、写真右は初期の飛行機です。
  (2019.08.23)
翌朝、昼神温泉の中心部を流れる「阿智川」を渡ると、朝市をやっている通りがあります。朝市と言えば道路に品物を並べて売っているというイメージがありますが、ここはこのような建物の中で売っています。朝市という感じがしませんでした。人も少なく閑散とした雰囲気がありましたが、客が多かった店は300円で手相占いをしているご近所のおじさんという感じの店で、若い女性を数人集めていました。
   (2019.08.21)
昼神温泉に宿泊しました。部屋から眺められた風景です。コスモスも咲いていました。
  (2019.08.19)
遠くに赤い「天竜橋」を眺めながら、急流の「鵞流峡(がりゅうきょう)」を流れる水音と、船頭の櫓のきしむ音が見事に調和(動 画)しながら流れていきました。
   (2019.08.17)
天竜舟下りは、弁天港(海抜385m)から時又港(海抜364m)の約6kmを35分で下ります。6kmで21mの高低差があるので、かなりの急流になります。二人の船頭が舟を操ります。
  (2019.08.15)
長野県飯田市にある 「天竜下れば しぶきに濡れる 持たせやりたや 持たせやりたや 檜笠」 と伊那節に唄われる「天竜舟下り」に行きました。 
 (2019.08.13)
旧邸御室その9です。 母屋に戻って窓の格子越しに眺められた風景。仁和寺に移動中にあった京福電鉄の御室駅の風景です。無人駅で駅名も左書きで、歴史を感じさせる駅です。
 (2019.08.11)
旧邸御室その8です。茶室がありました。自由に入ることができます。 
 (2019.08.09)
自衛隊大久保駐屯地で、花火大会がありました。規模は小さなものですが、我が家の2階からの眺めです。
 (2019.08.07)
旧邸御室その7です。庭園の背景には小高い丘があります。庭の横から登り道があり、その途中から見た今まで居た座敷です。登り切ったところに、全体の風景を眺める和風の建物がありました。
 (2019.08.05)
旧邸御室その6です。座敷の前に広がる庭園ですが、趣のある石灯籠がありました。池もあるのですが、肝心の水がありません。係員に聞くと以前から水は入っていないとのことでした。せっかく池があるのに何故と思います。(写真中央) 先ほどの侍も居ました。
  (2019.08.03)
旧邸御室その5です。座敷の前に広がる庭園です。
 (2019.08.01)
旧邸御室その4です。座敷の縁側に侍が座っていました。俳優の一人だそうです。座敷から見た庭と庭から見た建物です。 
 (2019.07.30)
旧邸御室その3です。広い座敷があり、「床もみじ」でなく「机もみじ」がありました。部屋を明るく撮影すると光沢のある机が一つ置かれているだけの風景ですが、庭を眺めるとこのような机モミジが見られます。 
  (2019.07.27)
旧邸御室その2です。中に入ると茶室があり、中庭が続いています。茶室の向かいの部屋は、和洋折衷になっています。
  (2019.07.25)
 
京都市右京区御室にある「旧邸御室」に行きました。昭和12年に建てられていますが、設計者や建設した目的は不明だそうです。所有者も変遷して現在の所有者は、(株)山三製材所で平成28年に国の登録有形文化財に登録されました。
  (2019.07.23)
   
更に山道を行くと、「王龍寺磨崖仏」と書かれた堂がありました。花崗岩に建武3年(1336)と彫られた十一面観音立像、その脇に文明元年(1469)の不動明王立像が彫られてあるとの案内板がありましたが、よくわかりませんでした。聞きたかったのですが、誰もいませんでした。
 (2019.07.21)
   
長弓寺の近くに、「王龍寺」があります。境内は山の中にあり「王龍寺境内のコジイ林」ということで、奈良市指定文化財となっています。自然林でコジイ(ツブラジイ)、ヤブツバキ、アセビ、ヤマモモ、ベニシダ等、常緑広葉樹林です。その中に滝に打たれる場所がありました。
 (2019.07.19)
長弓寺の最終回は、長弓寺の参道に植えられている紫陽花です。 (動 画
 (2019.07.17)
長弓寺その8です。護摩堂と不動明王です。
 (2019.07.15)
長弓寺その7です。行基が開基の真言律宗「長弓寺」の本堂です。入母屋檜皮葺造で弘安2年(1279)に作られた国宝です。そして、鐘楼です。 
 (2019.07.13)
長弓寺その6です。長弓寺の守護神として建立され、「牛頭天王の宮」と呼ばれていましたが、明治の神仏分離政策により、「伊弉諾神社(いざなぎじんじゃ)」と変更して現在に至っています。 
(2019.07.11)
長弓寺その5です。長弓寺には、4つの塔頭がありその四つ目が「宝光院」です。これまでの塔頭と同じような規模の寺院ですが、周囲には紫陽花が植えられていて色彩豊かな寺院となっていました。
(2019.07.09)
長弓寺その4です。長弓寺には、4つの塔頭がありその三つ目が「薬師院」です。これまでの塔頭と同じような趣がある寺院で、規模も同じです。
 (2019.07.07)
長弓寺その3です。長弓寺には、4つの塔頭があります。その一つの「円生院」です。小さな塔頭です。
  (2019.07.05)
  
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