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小学校の校門前に咲いていた、日本、東南アジア原産でナデシコ科の「カワラナデシコ」です。ピンク、赤、白と三色が咲いていました。
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左から、「コウテイダリア」、「コスモス」、「キバナコスモス」です。
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木津川の土手に「水仙」が咲き出しました。見頃はまだまだ先のようです。 『初雪や 水仙の葉の たわむまで』(芭蕉)
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城陽市もついに雪が降りました。 一面に雪化粧したという感じで、日本海側の大雪と比べれば可愛いものでしょうね。薄化粧でした。
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宇治茶は、日本三大銘茶の一つで「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」と言われています。宇治茶の産地は広範囲に渡っていますが、京都府内の業者が京都府内において宇治地域に由来する製造方法で、仕上げ加工したものを宇治茶と呼ぶのだそうです。江戸時代の元文3年(1738)に宇治田原いた「永谷宗円」が、宇治茶製法を確立しました。
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散策コースにあった赤色と黄色を撮して見ました。
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いつも行く石田神社は、いつものように誰もいませんでした。葉ボタンが置かれていたり、鏡餅が飾られていることが正月らしい香りを漂わせていました。木津川で連凧を揚げている人がいました。凧揚げは昔は子供の正月の遊びでした。寒さに震えながらも凧揚げしたことが、思い出されます。今は大人のそれも年配の、趣味になってしまったようです。この写真では、130の凧が揚がっているそうです。
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城陽市寺田にある「水度(みと)神社」に初詣というか、破魔矢をもらいに行きました。さすがに4日となれば参拝者は少なかったですが、人通りが途絶えることはなかったです。
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木津川の川原に石を並べて「2021」とハートマークが、描かれていたのを流れ橋から撮しました。
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明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
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紅白のツバキ科の「サザンカ(山茶花)」です。童謡の「たき火」に、♪ さざんか さざんか咲いた道 たき火だ たき火だ落ち葉たき・・・ ♪ と登場する、生け垣にも使われる常緑広葉樹です。
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京都府立木津川運動公園その6です。 芝生の広場では、家族が思い思いの遊びをしています。唯一の施設ジャングルジムです。そして、連凧を揚げている人がいました。
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メタセコイア並木道の続きです。 県道の両側に2.4km、約500本のメタセコイアが植えられています。昭和56年(1981)に植樹されました。車道の両側に植えられているので写真撮影に夢中になると危険です。(動 画)
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滋賀県高島市マキノ町と言えば、マキノスキー場を思い出しますが、今は「メタセコイア並木道」が有名になってきました。木の葉化石として名高いメタセコイアが紅葉しているので、見に行きました。
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京都府立木津川運動公園その5です。 ほんの1カ所だけですが、菊も咲いていました。そして、ミカンの木もありました。広い芝生広場がメインなので、付帯設備はほとんどありません。
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京都府立木津川運動公園その4です。 小さな田圃があり収穫した稲が干してありました。公園の一角に、このようなものが作られているのは面白いですね。この小さな木が「五里五里の木」なのだそうです。(写真右)
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京都府立木津川運動公園その3です。 少し遡ると小川になっていて、木道を歩くようになっています。これなら、カワニナ(川蜷)を育てて、蛍が乱舞するようにしては・・・・
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石田神社の続きです。 参道の落葉が今の時期を物語っています。この時期に緑色の葉が一段と異色を放っています。
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石田神社の紅葉です。 紅葉も終わりの時期になってきましたが、今が見頃のモミジもあります。
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京都府立木津川運動公園その2です。 このような川が流れています。よい雰囲気です。川魚などがいるのでしょうか。初夏には、蛍が飛ぶようにすれば良いのですが・・・・
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よく晴れたある日、「京都府立木津川運動公園」に行きました。「城陽五里五里の丘」とも呼ばれ、京都に五里奈良に五里のちょうど中間点にあります。大芝生広場があり甲子園球場グラウンドのおよそ1.5倍の広さがあります。ところどころに、コスモス、ススキが秋風に揺れていました。
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今年も早くも師走になりました。 我が家の下駄箱の上に、クリスマス・グッズを並べました。少し並べすぎの感もしないでもありません。
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浄瑠璃寺その7です。 草樹木に囲まれた左から、本堂・鐘楼・三重塔です。
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浄瑠璃寺その6です。 国宝の三重塔のアップ写真です。
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浄瑠璃寺その5です。 本堂です。堂内には、国宝の九体の阿弥陀如来像があるので、浄瑠璃寺を九体寺とも呼ばれています。現在、阿弥陀如来像は順次修理・修復されていて行ったときは、堂内中央にあった阿弥陀如来中尊像がありませんでした。(動 画)
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浄瑠璃寺その4です。 国宝の三重塔のアップ写真です。塔の高さは16m程で小ぶりの三重塔です。塔内には、重要文化財の薬師如来像が安置されていますが、秘仏なので毎月8日、彼岸の中日、1月の1~3、8~10日に開扉されます。そして、塔の先端の水煙です。
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浄瑠璃寺その3です。 境内に入ると初めに目に飛び込んで来るのは、池の向こうにある三重塔です。藤原時代で国宝の三重塔は、治承2年(1176)に京都から移築されたものです。(動 画)
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浄瑠璃寺その2です。 浄瑠璃寺へ続く参道です。早春には馬酔木が咲く参道です。今は、ススキ等が出迎えてくれました。そして、浄瑠璃寺の山門です。
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久し振りに、木津川市加茂町にある真言律宗「浄瑠璃寺(九体寺)」に行きました。参道にある土産物店を覗きながら、ヤツデの緑を見ながら浄瑠璃寺に向かいます。
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国指定史跡の「久津川車塚古墳」です。 古墳を登れることができるので登りましたが、案内板もありませんので、京都大学総合博物館に展示されている、ここで出土した石棺はどこで発見されたのかわかりませんでした。城陽市は古墳があちこちにあります。
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好古園その8です。 「築山池泉(つきやまちせん)の庭」です。モミジや黒松などが映える典型的な日本庭園です。池と共に、茅葺き四阿(あずまや)「臨泉亭(りんせんてい)」が、風情を漂わせています。
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好古園その7です。 「竹の庭」に移動。15種類の竹類を植栽した庭園です。
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好古園その6です。 「流れの平庭」で咲いていた花で、「紫式部」(写真左)、「キキョウ」(写真中央)と「メグスリノキ」(写真右)は、樹皮や葉に目の健康に有効な薬効成分があるそうです。黒田官兵衛の祖父重隆は、黒田家伝承の目薬「玲珠膏(れいしゅこう)」を作り、財を成したそうです。
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木津川の堤の光景です。 樹木も紅葉してきました。刈り取った雑草を焼却していました。そして、桜並木も、落葉が盛んで冬支度の準備が進んでいます。
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好古園その5です。 「流れの平庭」です。その名のとおり、水がふんだんに取り入れられています。
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好古園その4です。 「茶の庭」で、「双樹庵(そうじゅあん)」(写真左)という茶室があります。千宗室(裏千家15代家元)の設計監修で平成4年4月に建てられました。 道路を挟んで「流れの平庭」(写真中央・写真右)がありました。
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11月になり、紅葉も少しずつ進んで来ています。青空に紅葉が映えます。
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好古園その3です。 大池に咲いていた花々です。 キク科の「ジョチュウギク」です。(写真左) 秋の七草の一つのキク科の「フジバカマ」です。(写真中央) 花が朝は白色で夕方には紅色になる、アオイ科の「スイフヨウ」です。(写真右)
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実りの秋がやって来ました。稲刈りが盛んに行われています。「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」 人間も会社も地位が上がれば上がるほど、大切な言葉だと思います。
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木津川の土手に「ヒルガオ」が(だと思います)雑草に混じって咲いていました。(写真左) 「セイタカアワダチソウ」が咲いています。一度、勢力が弱まったのに又盛り返してきました。ススキが多かったのに、今は全くと言ってよいほど、少なくなっています。(写真中央) 「キンモクセイ」の小さな花が落花盛んで、道が絨毯のようになっていました。(写真右)
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好古園その2です。 大池から姫路城の城郭が望まれました。(写真左) 勧修寺型灯籠ですが、京都・勧修寺の灯籠は水戸黄門の水戸光圀が、寄進したものですがその灯籠とそっくりです。(写真中央)
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コスモスが、あちこちで秋の日の夕暮れに揺れていました。コスモスは秋桜とも書きますが、春の桜はソメイヨシノ、秋の桜は確かにコスモスですね。
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姫路城西御屋敷跡庭園の「好古園(こうこえん)」です。姫路藩主の下屋敷があったこの庭は、姫山原始林を借景の池泉回遊式庭園です。ここは、御屋敷の庭と呼ばれていて瀬戸内海をイメージした大池には、錦鯉が彩りを添えていました。
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三宅八幡宮その4です。 参道の横に噴水のある池があります。ベンチもあり休息場所に良い場所です。噴水の水飛沫で虹が出来ていました。コロナ禍で、大変な思いをしている今日この頃、この小さな虹の架け橋が大きく育っていくことを、願ってやみません。
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木津川の堤にある、100本の桜並木は紅葉していますが、その根元には彼岸花が咲いて彩りを添えています。
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