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道端には、ヨモギが大きく育っていました。その草むらでは、モンシロチョウ、アゲハチョウの子孫繁栄の光景を見ることができました。大変失礼ながら動画も撮影しました。(動 画)
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小学校の校庭に咲いていた、スミレ科・多年草の「スミレ」です。
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ホームセンターの花卉売り場その11です。 キク科で多年草の「ペリカリス」です。 サイネリアによく似た花をたくさん咲かせます。
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水度神社(みとじんじゃ)の本殿です。本殿は国の重要文化財で、文安5年(1448)に建造されました。祭神は、天照大神、高皇産霊神、和多都美豊玉姫命です。
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水度神社(みとじんじゃ)の参道を行くと、ほどなく鳥居が現れます。ここからが境内内になります。この石段を登ると本殿があります。
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ホームセンターの花卉売り場その10です。 シュウカイドウ科で多年草の「ベゴニア」です。 これは八重咲きの「リーガスベゴニア」と呼ばれているものです。
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水度神社(みとじんじゃ)の参道です。 写真中央は、城陽市の名木に認定されている「クスノキ」で、樹高17m、幹周2.6mあります。
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水度神社(みとじんじゃ)の参道に、樹高17m、幹周1.9mのムクノキがあります。ちょうど目の高さのところに、このようなコブが出来ています。老女の顔に似ているところから、地域の伝説から「夜叉(やしゃ)ばあさんの木」と呼ばれています。
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ホームセンターの花卉売り場その9です。 南アフリカ原産で、フウロソウ科の「ゼラニウム」です。和名は、「天竺葵(てんじくあおい)」です。
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近鉄久津川駅から、国道24号線を渡って少し行ったところに、「平川廃寺」があります。住宅が建ち並んでいる一角に、ポツンと雑草に覆われた広場が平川廃寺です。創建は奈良時代で、平安時代初めに修理が行われましたが、ほどなく焼失し再建されませんでした。
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ヨーロッパ原産で落葉低木、アジサイ科の「バイカウツギ(梅花空木)」です。
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石田神社の参道の「紫陽花」は、まだ花を付けていました。そろそろ終わりでしょうか。
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近くの会社の生け垣に、中国原産でオトギリソウ科の「キンシバイ(金糸梅)」が咲いています。
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近くに栗の木が1本あります。 栗の花は細長くて白い花で、特有の匂いがします。花が咲いた後には、小さなイガグリが出来ていました。
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道端に咲いていたキョウチクトウ科の「ツルニチニチソウ」(写真左)です。 アカバナ科の「ヒルザキツキミソウ(昼咲月見草)」(写真中央)です。 写真右は、昼咲月見草をマクロ機能を使って撮しました。
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昔からの農業をしている家が多い、地区を歩いていると垣根越しに石灯籠が見える家が多いです。和風に造られている庭には、ほぼ石灯籠があります。
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ホームセンターの花卉売り場その8です。 左からキク科の「ミヤコワスレ(都忘れ)」で、ミヤコヨメナの園芸品種です。ミヤコワスレの名は、承久の乱に敗れた順徳天皇が佐渡島に流された際に、この花を見て心を慰め、都恋しさを忘れたとのことです。 ツツジ科の「シャクナゲ(石楠花)」です。そして、キキョウ科の「キキョウ(桔梗)」です。
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北アメリカ原産でツユクサ科の多年草「ムラサキツユクサ(紫露草)」です。(写真左) 日本原産、ラン科の宿根草「シラン(紫蘭)」です。(写真中央) 南アメリカ原産でナス科の多年草「ペチュニア」です。和名は、「ツクバネアサガオ(衝羽根朝顔)」と呼ばれています。(写真右)
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梅雨の季節となり、近所の田園では盛んに田植えが行われています。
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近くの「嫁付川」に沿って一見、紫陽花かと思われる花が咲いています。花はよく似ていますが、葉がアジサイではありません。ナハノナというアプリで調べると、「フィッシュ・ゼラニウム」だという。こんなところに群生しているのは、何故?
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時代劇のロケ地の「流れ橋」ですが、最近は撮影はありません。流れ橋から見た光景です。
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石田神社には、サツキも数本咲いていました。
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石田神社の参道に、一本白い花を付けた樹木があります。 ミズキ科の落葉高木の「ヤマボウシ(山法師、山帽子)です。
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石田神社の紫陽花その2です。 紫陽花と云えばブルーですが、まだのようでした。
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石田神社の参道には、紫陽花も植えられていて咲き出してきました。6月に入り梅雨の季節になると、アジサイが雨に濡れながら、一段と綺麗に咲きます。まさに「雨に咲く花」ですね。
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木津川の向こう側の八幡市にある、「石田神社」の小さな参道にあるモミジが、新緑に染まっていますが種ができていました。羽も付いていて風に乗って、遠くに飛んで子孫を増やすのでしょう。
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城陽市特産である「寺田イモ」の植え付けが、行われています。イモは、砂地に植えられているので、水やりが欠かせないようで、スプリンクラーがよく回っています。そこに小さな虹ができていました。
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「バラが咲いた バラが咲いた 真赤なバラが 淋しかったぼくの庭に バラが咲いた・・・」 畑の片隅に、真っ赤な小さい薔薇が風に揺れていました。
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ホームセンターの花卉売り場その7です。 サクラソウ科で多年草の「プリムラジュリアン」です。花言葉は、「青春の喜びと悲しみ」だそうです。青春ですか、「そんな時代もあったねと・・・♪」
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今茶摘みの最盛期です。写真左は茶摘みが終わったのですが、どこを摘んだのかと思える光景ですが、よく見ると新芽の先端を摘んでいるのがわかります。(写真中央)その後は、幌は外され機械で刈り取られて、今年の茶摘みは終了です。番茶は、この刈り取られた茶木を加工したものだそうです。
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城陽市富野に、「荒見神社」があります。室町時代に現在地に移設されたもので、本殿は慶長9年(1604)に造営され、重要文化財に指定されています。周囲には堀があり、杜若が咲いていました。
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京都府城陽市長池に、浄土宗「大蓮寺」があります。外観は新しいので、近年立て替えられたようにも感じます。小さなフジ棚もありました。
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城陽特産の「イチジク」が、新芽を出していました。これから一気に育ち7月頃から秋口頃まで収穫されます。好きな方は多いでしょうが、ほとんど食べません。その近くに移転した消防署があります。
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ホームセンターの花卉売り場その6です。キク科のシネラリアと呼ばれていたが、今は「サイネリア」と呼ばれています。
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カキツバタ咲く観音堂の周囲には、ビニールハウスが建ち並んでいます。ハナショウブが植えられていますが、出荷は終わったのか残った花菖蒲が咲いていました。近くの川には、オシドリが仲良く泳いでいました。
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無惨な光景が広がっていた観音堂でしたが、少し離れた一カ所だけカキツバタが咲いていました。鷺も飛来して杜若を眺めていました。
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カキツバタを見に、観音堂に行きました。毎年一面に杜若が咲いているので、2年振りに出掛けました。着いてみると、なんと花など一輪も咲いていなくて、干上がり雑草が広がっています。なんと言うことだ!! 有名な雨降り地蔵も干上がっています。お地蔵さんが浸かっている水瓶だけには水が入っていて、お地蔵さんは見ることができません。これでは、カキツバタが復活することは困難でしょう。
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近くで土地を借りて野菜を植えていますが、そこに咲いている左から「キショウブ」、矢車草と呼ばれていましたが近頃は「矢車菊」と統一されています。そして、サトイモ科の「カラーリリー」です。
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「甍の波と雲の波、重なる波の中空を・・・・」 文化パルク城陽には、鯉のぼりが泳いでいます。甍の波ではなくて、新緑と木漏れ日の中を泳いでいます。
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道端や畑の隅に「アヤメ」が咲いていました。
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「夏も近づく八十八夜・・・」 5月になり、あちこちの茶畑で茶摘みが始まりました。抹茶に加工するので、直射日光があたらないようにシートが掛けられています。
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木津川に、京都府城陽排水機場があります。木津川に水を流すための施設ですが、ツツジが植栽されて公共施設には珍しく手入れが行き届いているので、きれいに咲いています。
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流れ橋の付近の木津川は、中洲が広がっています。流れ橋から眺めることを意識して、石を並べて見たことがあるキャラクターが描かれています。道路の壁にスプレーで落書きを見かけますが、見苦しいことこのうえもないことと比べれば、微笑ましいものです。
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流れ橋を渡ったところにある「石田神社」にも、ツツジの季節がやって来ていました。
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流れ橋(上津屋橋)の光景3題です。久しくここで映画・テレビの撮影は行われていません。
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