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北米原産で、ミズキ科の落葉高木「ハナミズキ(花水木)」です。紅白の花を撮しました。
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シャガ、八重咲ヤマブキ、アブラナ科の花が咲いていました。
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流れ橋を渡ると、嵐山・渡月橋まで続くサイクリングロードがありますが、そこの休憩所に八重桜が一本咲いています。満開でピンクの花を咲かせていました。
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観音寺は、白鳳年間(7世紀後半)、天武天皇の勅願により創建されましたが、幾たびの火災に遭い永享9年(1437)の火災で、大御堂をはじめ諸堂13、僧坊20あまりを数えた建物のほとんどが焼失しました。その後、本堂のみ昭和28年(1953)3月に再建されました。境内に「地祇神社(ちぎじんじゃ)」があります。明治政府が行った廃仏毀釈を乗り越えた、神仏習合でしょうか。
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菜の花の香りが漂う参道を行くと、普賢寺大御堂とも呼ばれている、真言宗の「観音寺(かんのんじ)」の伽藍が見えて来ました。
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京田辺市の「観音寺」前には、菜の花畑が広がっています。菜の花と桜のコラボを見ることができます。一面に菜の花の香りが漂っていました。(動 画)
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暖かいというより、暑い日々が多くなってきた今日この頃です。 木津川「流れ橋」も人出が多くなってきました。川原で遊ぶ人もいました。
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早くも桜は散り始めました。枝には花が少なくなり、枝から離れた花は川に花びらとして流れています。道端には、土筆(つくし)が数多く顔を出していました。
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町内の児童公園の桜です。 お地蔵さまも桜を、愛でておられることでしょう。
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嫁付川の桜並木の続きです。 ソメイヨシノの根元には、いろいろなものが植えられています。「ツバキ(椿)」とスズラン(鈴蘭)によく似た「スノーフレーク」和名は「スズランスイセン(鈴蘭水仙)」も咲いています。
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近くの嫁付川に、植えられている30本程のソメイヨシノの並木道は、満開になりました。今の状況を鑑みると、花見に出掛けなくても、ここの桜でも良いような気もします。
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中国原産でモクレン科の落葉広葉樹「モクレン(木蓮)」が満開です。 写真右は、花が紫色でなので「シモクレン(紫木蓮)」とも呼ばれています。
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流れ橋の近くにある「石田神社」のソメイヨシノです。 南北朝時代のものとされる十三重石塔にも、ソメイヨシノの花びらが降りかかっていました。
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ピンク色の枝垂れ桜も満開になりました。京都は、やはり「シダレザクラ」が似合います。
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木津川堤・寺田地区、百本の桜並木のその2です。ソメイヨシノ(染井吉野)のトンネルになっています。
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木津川堤・寺田地区、百本の桜並木は、連日の暖かさで一気に開花が進み見頃を迎えました。ソメイヨシノとユキヤナギ(雪柳)とのコラボを見ることができます。(写真中央)
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春を代表する花、桜を代表する「ソメイヨシノ」が開花しました。
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春の訪れです。 トクサ科のスギナ(杉菜)は、地上部が(杉)を連想させ、春のツクシが食用されることから、「杉の菜」の意から名づけられたものです。 ツクシ(土筆、筆頭菜)は、スギナにくっついて出てくることから「付く子」、袴の部分で継いでいるように見えることから「継く子」となった説が有力だそうです。
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春の訪れです。 左から、茶畑の茶のはグングン伸びてきています。5月には茶摘みが始まります。 しだれ梅が、ピンク色の花を咲かせていました。 畑には、菜の花が黄色い花を咲かせていました。ではなくて、取り残された野菜からの花です。
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春の訪れです。 「蝋梅(ロウバイ)」、「馬酔木(アセビ)」などが咲き出し、春が一段と近づいて来ました。
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暖かい日が多くなってきました。春の訪れです。彼岸桜は満開です。(写真左) ボケも満開です。(写真中央) そして、ソメイヨシノは蕾が膨らんできました。程なく開花するでしょう。(写真右)
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彼岸桜(ヒガンザクラ)が、満開になってきました。例年より、開花が遅いようです。それだけ今年は、寒い日が続いたと言うことです。
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城陽市上津屋地区の民家の庭にある石灯籠その2です。 庭園というより玄関へのアプローチにも、石灯籠が置かれています。
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京都府八幡市にある「松花堂庭園」その12です。 茶室前のアプローチを撮してみました。石燈籠もありましたが、石を積み重ねただけの趣のあるものです。植えられていた笹は「メダケ」です。
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城陽市上津屋地区の民家の庭には、ほぼ100%石灯籠があります。それも等身大など大きなものが多いです。そんな石灯籠を垣根越しに撮しました。
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近くの嫁付川(よめつけがわ)に、まだ苗木が少し大きくなった程度の河津桜が、一本植えられています。その河津桜が咲き出しました。今年は、開花が遅れているようで、それだけ寒さが厳しかったということでしょう。いよいよ春到来でしょうか。
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児童公園に、一本の梅の木が花を、咲かせていました。
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木津川堤・寺田地区、百本の桜並木の根元には、水仙が咲いていますが、今がピーク・見頃になってきました。まだまだ蕾のところもありますが、花が終わる株もあり+-ゼロでしょう。
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京都府八幡市にある「松花堂庭園」その11です。 「寒竹あやめ垣」(写真左)です。そして、「つくばい」(写真中央)と「クマザサ」(写真右)です。
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木津川堤・寺田地区、百本の桜並木があります。 ソメイヨシノの中に2本紅白の梅の木がありますが、見頃になってきました。
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また、木津川の護岸工事を行っています。工期は、令和4年3月31日までとなっていますが、年度末の工事は往々にして3月60日になるだろうと思います。
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京都府八幡市にある「松花堂庭園」その10です。 「竹隠」という四畳半の茶室で、その名のとおり美しい竹林を望まれます。写真右は、「萩小松明垣(はぎこたいまつがき)」です。
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我が家の鉢植えの椿が咲き出しました。 八重咲きで、特徴のある咲き方をします。
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石田神社の鳥居の傍に、十三重の石塔があります。その形状から南北朝時代のものだそうです。四面に仏像が彫られていますが、風化が進んでいます。
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石田神社の、摂社なのか末社なのかわかりませんが、若宮神社があります。(写真左) 「天照皇大神伏拝所」という石標があるところがあります。天照大神を伏拝するためにご神木が生育されています。(写真中央) そして、白梅が一本咲いていました。
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石田神社の本殿と絵馬です。 無人の石田神社なので、いつこの絵馬が掛けられたのでしょうか。 絵馬は、神社名が書かれてありますが、無記名ですので汎用の絵馬があるのですね。
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流れ橋を渡ったところにある「石田神社」です。ここにも葉ボタンが植えられていました。今年は思いがけないところに、葉ボタンが植えられています。
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「明かりを付けましょ 雪洞に お花をあげましょ 桃の花・・・」 今年も雛人形を飾りました。
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京都府八幡市にある「松花堂庭園」その9です。 「ホウオウチク(鳳凰竹)」で、生け垣が造られていました。竹の生け垣は、あまり見かけません。調べると、目隠しに最適な竹だそうですが、常に剪定しないとこのように密集しないとか。
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城陽市の水道部が、我が家の斜め向かいの廃園となっている保育園に、引っ越ししてきました。耐震工事に伴う仮住まいに来たとのこと。青空にはためく国旗は久し振りに見ました。
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京都府八幡市にある「松花堂庭園」その8です。 松花堂庭園の一光景です。
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流れ橋の橋脚を撮しました。5本の橋脚の中3本は、コンクリート製で茶色に塗装されて目立たないようになっています。(写真左) 橋を支える部分も同様に造られています。(写真中央) ワイヤーロープで橋脚に固定されています。(写真右) 2015年の復旧工事は、このように大規模な全面補強工事をだったので、総工費約3億5千万円だったそうです。
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流れ橋(上津屋橋)は、全長356.5m、幅3.3mの日本最大級の木造の橋です。左から城陽市側、八幡市側から撮したものです。そして、八幡市側の橋には俳優の藤田まことが寄贈した「流れ橋
上津屋橋」と書かれた石標がありますが、角が削られています。心ない人がいるものです。
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京都府八幡市にある「松花堂庭園」その7です。 「キンメイモウソウチク(金明孟宗竹)」です。その名のとおり金色に輝いています。 そして、「金閣寺垣」です。背の低い透かし垣として代表的な竹垣です。通路と庭の境目や小さな庭の装飾として、よく使用されます。金閣寺にある竹垣から名付けられたと言われています。
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木津川堤・寺田地区、百本の桜並木の根元には、水仙が咲いています。段々その花が増えてきました。見頃はまだ先のようです。
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城陽市の名木に登録されている「上津屋渡し場のエノキ」です。木津川に橋が架かっていなかった頃、上津屋の渡し場の目印とされていた木だったそうです。樹高16mあります。 モクレンの蕾です。一カ月後には花が咲き出すのでしょう。 紅梅が咲き出していました。
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京都府八幡市にある「松花堂庭園」その6です。 茶室「松隠」です。寛永8年(1631)に小堀遠州が建てた、茶室「閑雲軒」を古絵図により、再現したものだそうです。
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一昨日、城陽市内も遂に雪が降りました。こんな感じに積もりました。雪国の人が見たら、これが雪なのかとお笑いでしょうね。
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