ス ナ ッ プ 写 真   
 
 
 

 
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南禅寺周辺その11です。 南禅寺と言えば真っ先に浮かぶのは、この水路閣ではないでしょうか。境内に、このような近代的な施設が横断しているのは、不自然なものですが不思議なことに、今では無くてはならないものになっています。水路閣の傍にこのような小さな滝があり、サラサラと音を立てていました。 
    (2026.03.05)
城陽市の「市の木」に指定されているウメは、あちこちで咲いていますが、枝垂れ桜と同様に、垂れ梅はやはり京都らしくて良いですね。 
    (2026.03.03)
15時頃の小学生の下校風景を撮しました。宇治市・城陽市の小学生は、ご覧のようにランドセルではなくて、布製のランリックというものを使用しています。そして黄色い帽子をかぶって登下校しています。 
    (2026.03.01)
近くを流れる川に水鳥が飛来しています。 最近は暖かい日が続いていますが、水中はいくら何でも冷たいはず。その中を悠々と泳いでいるのは、寒がりの者には、うらやましい限りです。 
    (2026.02.27)
近所の塀越しに眺められた、紅梅です。 我が家では庭など無く樹木を植える場所などありません。そこで、ご近所を散策して写真を撮らせてもらっています。 
    (2026.02.25)
近くを流れる川というより、排水路に一本のまだ小さい川津桜が植わっています。ようやく蕾が膨らんでいました。その中で5輪花を咲かせていました。その根元には、椿が花を咲かせていました。 
    (2026.02.23)
南禅寺周辺その10です。 三門を通った裏側から撮したものです。南禅寺三門と言えば、石川五右衛門の「絶景かな絶景かな」の台詞で有名ですが、石川五右衛門が死去したのは文禄3年(1594)で、三門完成は寛永5年(1628)ですから、歌舞伎でのお話なのです。 
    (2026.02.21)
2月15日の続きの木津川の100本桜並木の根元には、水仙が咲いていますが、見上げると梅が咲いています。桜の木は100本ありますが、梅は2~3本しかありません。そう言えば、桜と梅が名所というところは聞いたことがありません。剪定が必要な梅と、不要の桜は共存は難しいのかな。 
    (2026.02.19)
南禅寺周辺その9です。 重要文化財の「三門」です。永仁3年(1295)に創建されましたが、文安4年(1447)に焼失しました。現在の三門は、寛永5年(1628)に藤堂高虎が、大坂夏の陣で倒れた家来の菩提を弔うために、再建したものです。 
    (2026.02.17)
2026年1月15日に紹介した、木津川の100本桜並木の根元に咲いている「スイセン(水仙)」です。一カ月後の今でも咲いていて、見頃を迎えています。蕾みも多く今しばらく見頃が続くようです。 
    (2026.02.15)
広い木津川の河原を、流れ橋から見た光景です。 河原の石を並べて、いろいろな物が作られていました。誰が始めたのでしょうか。 
    (2026.02.13)
八幡市にある「石田神社」には、一本の梅の木があります。白い梅が、満開になっていました。 
    (2026.02.11)
今朝の光景です。夜中に雪が降ったらしく、周囲は雪で真っ白に雪化粧をしていました。数ミリの積雪です。太陽が出れば程なく消えていくでしょう。 
    (2026.02.09)
赤いウメ(梅)が、見頃を迎えています。 暦の上では立春も過ぎましたが、寒い日々が続いています。市の木に指定されているウメです。 そして、ロウバイ(蝋梅)も見頃です。
    (2026.02.07)
南禅寺周辺その8です。 南禅寺の境内に入ると、歌碑が眼に入りました。「この門を 入れば涼風 おのづから 杉洞」とあります。案内板によると「森永湛堂老師自筆の句 師は佐賀県伊万里市本派円通寺僧堂師家、杉洞は俳号。ホトトギス派九州での重鎮。同人であり選者で門弟が全国に三千人といわれる。石は熊本県奥球磨白髪岳から運ばれたもの。重さ15トン。」 その奥に、日本三大灯籠と呼ばれる石灯籠があります。安土桃山時代から江戸時代前期に活躍した武将・佐久間勝之によって奉納された3基の石灯籠の総称で、名古屋の熱田神宮、東京の上野東照宮と南禅寺です。高さ約6mもある石灯籠です。
    (2026.02.05)
紅白の「南天(ナンテン)」が、鈴なりの実を付けていました。 中国原産で、日本には江戸期以前に伝わり庭木として植えられ、乾燥させた実は「南天実(なんてんじつ)」として、咳止め伝統医薬とされています。 
    (2026.02.01)
紅白の「蝦蛄葉仙人掌(シャコバサボテン)」を育てていますが、やっと咲き出しました。白色は、まだ蕾みでいつになったら開花するのか、そのまま落花するのか?? 
    (2026.01.29)
南禅寺周辺その7です。 南禅寺中門は人だけではなくて、車まで自由に通ることが出来ます。歴史的な門を一般車両が自由に通過する、今までにトラブルは無かったのでしょうか。 
    (2026.01.27)
 
クリスマス→お正月と、玄関の下駄箱の上には、それぞれのグッズを飾っていましたが、今はツバキとスイセンのグッズを飾ってあります。グッと地味なものになりました。 
    (2026.01.25)
南禅寺周辺その6です。 南禅寺への参道です。周囲は、黄色に色づいていました。湯豆腐の「順正」(写真中央)、遠くに「南禅寺中門」が見えます。 順正と言えば「湯豆腐食べくらべ大会」が、桂三枝の司会で行われていたように思いますが、今も行われているのでしょうか。 
    (2026.01.23)
赤い「山茶花(サザンカ)」が、数多くの花を咲かせていました。 山里の風景のような、鈴なりの柿がありました。この時期になっても鈴なりなのは、渋柿なのでしょう。 
    (2026.01.21)
蝋梅(ロウバイ)が、黄色い花を数多く付けていました。梅も蕾が膨らんで、咲いている枝もありました。寒さの中にも早春を感じさせる花々です。 
    (2026.01.19)
南禅寺周辺その5です。 同窓会の会場である「料庭 八千代」に行きました。「料亭」ではなくて「料庭」です。名のとおり立派な庭があります。 
    (2026.01.17)
木津川の100本桜並木の根元に、水仙(スイセン)が咲いていますが、例年なら見頃になっている頃なのですが、今年は随分遅れているようです。ほんの一部しか咲いていなかったです。 
    (2026.01.15)
南禅寺周辺その4です。 その辺りの施設と言えば、やはりインクラインです。インクラインは、疏水上流の蹴上船溜と下流の南禅寺船溜を結んだ全長約582mの傾斜鉄道で、建設当時世界最長でした。約36mの高低差を克服するために舟を台車に乗せ、ケーブルカーと同じ原理で運びました。インクラインによって、舟は貨物の積み下ろしをせずに、高低差を乗り切ることができました。明治24年(1891)から昭和23年(1948まで運行しました。。現在は、レールが形態保存されています。写真右がそのレールです。インクラインの中は自由に歩くことができ、観光名所としても親しまれています。 
    (2026.01.13)
ピラカンサが、赤い実をたわわに付けていました。田圃には、稲穂がこのように丸められていました。北海道では、牧草をこのように丸められ、サイロに貯蔵する前の状態のような・・・ ふと思い出しました。 
    (2026.01.11)
城陽市立北部コミュニティーセンターの玄関には、立派な門松が置かれてあります。今は昔、門松を飾ることは少なかったですが、注連飾りを飾る家は多かったです。車にも飾っていました。ところが今では、ほとんどの玄関先での注連飾りは見ることはありません。車は皆無です。
    (2026.01.09)
三番目に行ったのが、近鉄久津川駅の側にある「平井神社」です。平川地区の氏神様で、平井神社は「牛頭天王(ごずてんのう)」と呼ばれていましたが、明治2年(1869)に現在の名前に改められました。本殿は、正保2年(1645)に建てられたものです。本殿の横に、寒桜でしょうか桜が咲いていました。桜は暖かさを感じさせますね。ここも参拝者は居ませんでした。 
    (2026.01.07)
二番目に行ったのが、「久世神社」で氏神様です。水度神社と違って、参拝者はほとんど居ません。でも、室町時代中期の建立で、本殿は重要文化財に指定されているほど、歴史がある神社なのです。 
    (2026.01.05)
今年も城陽市内の神社3カ所行きました。 一番目は、「水度神社」です。市内では一番の神社で常に宮司などが居られます。参拝者も多いです。今年も破魔矢を買いました。1500円。
    (2026.01.03) 
明けましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 
    (2026.01.01) 
もう幾つ寝るとお正月・・・ 我が家の玄関には、クリスマスグッズから、お正月グッズに変わりました。 もうすぐお正月ですね。
    (2025.12.29)
近くの川縁咲いていた花々です。この寒い季節に春を感じさせる花が咲いています。バラ、蓮華、椿なのでしょうか。このような赤い花を見ていると、寒さを一瞬忘れさせてくれます。
    (2025.12.27)
 
12月も25日にもなると、ホームセンターの売り場には、お正月グッズが売られています。葉ボタン、門松、梅・福寿草等の寄せ植えがスラリと並んでいました。 
    (2025.12.25)
ミカンが色づいて、食べ頃になっていました。 レモンも大きくなっていました。
    (2025.12.23)
近くの川に冬鳥が飛来するようになりました。 白鷺と鴨でした。この寒い中優雅に泳ぐ姿には暖かさを感じさせます。水鳥にしては、餌を取るためには冷たいのを我慢して・・・なのかも知れません。 
    (2025.12.21)
桜並木のソメイヨシノは、葉をすべて落として冬仕度完了。民家の庭先には紅葉した葉がまだ少し残っていました。その軒下には、冬の風物詩の干し柿が並んでいました。 
    (2025.12.19)
一本の紅葉したモミジの周辺は、落ち葉で絨毯のようになっていました。その中で、冬の花の水仙が葉を出して、花芽を付けようとしていました。 
    (2025.12.17)
紅葉も落葉が盛んで、紅葉を楽しむ季節は終わろうとしています。木々も冬仕度を終えようとしている今日この頃ですが、一本のモミジは何故か今が盛りと赤い葉を、付けていました。
    (2025.12.15)
南禅寺周辺その3です。 都ホテルの向かいに、「蹴上発電所」があります。現在は、関西電力が管理しています。蹴上発電所は、琵琶湖から京都へ水を導く「琵琶湖疏水」を利用した水路式水力発電所です。日本初の事業用水力発電所として、明治24年(1891)に運転を開始し、運転開始から130年以上経った今でも、現役の発電所として電気を送り続けています。 
    (2025.12.13)
南禅寺周辺その2です。 この辺りでは唯一の大きな近代建築の建物があります。客室数266室ある「ウェスティン都ホテル京都」です。京都のホテルと言えば都ホテルと言われるほど、京都を代表するホテルです。1890年4月、油商の西村仁兵衛が華頂山麓に保養遊園地「吉水園」を創業。1900年に園内にて「都ホテル」を創業しました。2020年の創業130年の節目に合わせて大規模リニューアル工事が2018年6月から行われ、2021年4月にすべてのリニューアルを終えたそうです。 
    (2025.12.11)
近くの川に白鷺が飛来していました。そのような季節になってきたようです。川を挟んで撮影、人になれているのか警戒しながらも、逃げることなく撮影に応じてくれました。動 画  
    (2025.12.09)
 
晩秋の今日この頃、紅葉の季節もそろそろ終盤、落葉が盛んになっています。木々も冬仕度を整えています。 
    (2025.12.07) 
道路の両脇の街路樹は、綺麗に紅葉しています。 ソメイヨシノは、ほとんど散っています。 
    (2025.12.05)
南禅寺周辺を歩きました。 これは「ねじりまんぽ」というものです。明治21年(1888)に完成。上部にはインクラインの軌道があります。「まんぽ」とは、トンネルを意味する古い言葉で、「ねじりまんぽ」は、ねじりのあるトンネルという意味です。インクラインと道路が斜めに交わるので、トンネルも斜めに掘られていて、内壁のレンガも螺旋状に積まれています。写真中央は、「雄観奇想(ゆうかんきそう)」と書かれてあります。第3代京都府知事の北垣国道の言葉で、「見事なながめとすぐれた考えである」という意味です。 写真右は、トンネルの反対側を撮したものです。
(2025.12.03)
 
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