郡山城(こおりやまじょう)跡は、天正8年(1580)に筒井順慶が築城し、その後、豊臣秀長が天正13年(1585)に100万石の領主として入城しました。郡山の基礎を築きましたが6年後の1591年に秀長は死去、その後領主は次々と変わり享保9年(1724)にあの柳沢吉保の嫡男柳沢吉里が領主となり、明治維新まで続き明治6年(1873年)に取り壊されました。昭和58年(1983)に梅林門、昭和59年(1984)に追手隅櫓、昭和62年(1987)に追手向櫓がそれぞれ復元されました。
 郡山城の桜は有名で1000本の桜が咲き乱れて日本桜の名所100選に選ばれています。 

 郡 山 城 跡 奈良県大和郡山市城内町  ☎ 0743-52-2010
  
大和郡山市観光協会
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